長野市の中心部で江戸時代から営業してきた鰹節専門店が8月末、300年の歴史に幕を下ろします。取引先の減少に後継者問題。10代目の決断に惜しむ声が寄せられています。
■300年響いた音、今月末に幕
歴史を感じさせる店内で響くのは、かつお節を削る音。善光寺門前で300年以上響いた音です。
長野市中心部に店を構える「能登重鰹節店」。8月末、江戸時代から続いた歴史に幕を下ろすことになりました。閉店が1週間後に迫ったこの日、店を訪ねると、10代目の石坂正志さん(61)が迎えてくれました。
石坂正志さん:
「宗田かつおです。そばやうどんのだしに(おすすめ)。かつお削りは豆腐にかけたり、お吸い物のだしに」
家庭の食卓や飲食店の味を支える「だし」。店には、サバ節の削り節や煮干しも並びます。
■コロナ禍も…時代の変化で苦境に
創業は江戸時代中頃。「能登重」という店名は、当時、能登半島のブリを扱ったこと、初代の当主「重次郎」さんの名前が由来です。
こちらは昭和初期の写真。店の前には干したかつおぶしがズラリと並びます。この頃は、長野市の長者番付に載るほど繁盛したそうです。
幼い頃から「10代目」と呼ばれて育った正志さんが店を継いだのは40年前、21歳の時。先代の父・重太郎さんの病気がきっかけでした。
5年後には趣味を通じて知り合った晶子さんと結婚。3人の子にも恵まれ、夫婦二人三脚で忙しく店を切り盛りしました。
一方、一般家庭ではだしを取る機会が減るなど、食生活が変化。店を取り巻く環境は大きく変わります。
店を継いだ90年代、公務員同士が税金を使って飲食など行う「官官接待」が社会問題になりました。得意先の料亭は次々に閉店しました。
そして、新型コロナ。注文はさらに減少し結婚式の引き出物需要も影響を受けました。
■「潮時か」40年の節目に決断
代替わりから40年の節目を迎えた2026年、店じまいを決断をしました。
石坂正志さん:
「自分の代で終わらせちゃっていいのかっていう葛藤はありましたね。大変なんです。(家業を)全部、片付けるのは。私、61歳であと10年、71歳ではちょっときついかな」
妻・晶子さん:
「“タイパ”(タイムパフォーマンス)が最重要みたいな世の中ではあると思う。“ゆとり”がないと『だしを取ろう』って思う方がやっぱり少ないかな」
手でひと削りするたび、かつおの香りが立ち上がります。
厚さは1ミリ以下の調整―。
先代から、機械で削るのが主流になりましたが、厚さをミリ以下で調整しながら手で削る技術は受け継ぎました。
石坂正志さん:
「(削り節は)上にかけるにしても、だし取るにも本来、薄ければ薄い方がいい」
■130年続くそば店の「唯一無二」
この削りたてが支える味があります。
佐々木そば店・小坂和彦さん:
「すごく(袋を)開けたてはいい匂いがするんです」
取引先の一つ、明治創業の「佐々木そば店」。そばつゆのだしは130年間変わらず「能登重」のかつお節です。
佐々木そば店・小坂和彦さん:
「残念ですね。うちで『かつお節』ってお願いすると決まった状態のものが届いていた。だしが出やすいように、恐らく荒い削りになっていると思う。『かつお節』とはいっても、実はさば節(の割合)が多い。そばに合うようにさばが多くなっている」
かつおとさばの割合などは長い試行錯誤で生まれたもの。削りたての節で作っただしは優しく深い味わいです。
小坂和彦さん:
「おいしいです。唯一無二ですよね、あのかつお節は。うちのそばに一番合う状態のつゆだった。残念です」
■保育園も「非常に残念」
地域に根ざした配達も。保育園の給食にも10年以上だしを届けてきました。
妻・晶子さん:
「これが35グラム、そっちは8グラム」
少量ずつ小分けにするなど細かな注文にも応えます。
ここ2年、店では新たな業者への事業承継も探りましたが、細かいニーズへの対応は引き継ぎが難しく、断念しました。
長野市 加茂保育園 園長:
「(だしは)一番の料理の基本、味の基本をなすもの。非常に大事な部分を担っていただいた、非常に残念です」
■常連客「コクがある」
この日もなじみ客が来店しました。
市内ですし店を経営:
「なかなか手に入らないさば節が欲しくて。卵焼きのだしです。かつお節のだしは、あっさりしすぎて濃厚さがない。さばの方がこくがあるというか」
街の様子も変わりました。20年ほど前には店があった場所にマンションが建ち、店舗もその1階に引っ越しました。
石坂正志さん:
「(店のある)中央通りも昔から残る店の方が少なくなって、跡を継ぐ人がいる店の方が少ないからね。ここらへんで潮時かということです」
■「なんとか残したかったけど…」
店を継いで40年。調理士免許を持つ晶子さんが講師になってだし作りを教えたり、かつお節を削る体験会を開いたり、「だし文化」の継承にも取り組みました。
石坂正志さん:
「楽しかったのは、(店の)外で、中央通りでイベントのとき、売ってるとね。子供たちシャカシャカ刃で削って。かみさんも、忙しくなれば、私が店の奥で削って、ここで詰めて」
家族総出の楽しい思い出。子供たちはそれぞれの道に進みましたが―。
妻・晶子さん:
「でも(子供たち)みんな、節削るのは上手、上手です。手で削るのは上手ですね。小さい頃からやっているんで」
「能登重」10代目・石坂正志さん:
「ここを目指して買いに来てくれる方いたから、なんとか残してはいきたかったけど、なかなか難しいところです」
門前の食卓を支え、暮しに寄り添ってきた店。8月31日、300年の歴史に静かに幕を下ろします。
