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「悲惨な現場」イオンモール爆発事故“3人救助”の消防隊員が「あの日」を振り返る【令和8年熊本地震】

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熊本地震からあす=28日で1か月です。

7人が犠牲となった「イオンモール熊本」の爆発事故で、救助活動にあたった佐賀の消防隊員がTKUのインタビューに応えました。

佐賀の救助隊は7人のうち3人を救助しました。

あの日、あの場所で何が起きていたのか。現場を見た隊員が語りました。

【佐賀消防署・消防司令長 吉田健治さん】
「“壮絶な悲惨な現場”だと思った。実際に行ってみて、その規模にびっくりした」

【佐賀消防署・原杜大さん】
「非常にひどかったです、現場的には」

佐賀消防署の消防司令長・吉田健治さんと、原杜大さんは、地震発生時は勤務中でした。

消防庁からの要請を受け、佐賀広域消防局の隊員27人で熊本に向けて出発しました。

その道中でイオンモール熊本の爆発事故の現場に向かうよう指示されたのです。

【佐賀消防署・原杜大さん】
「私も含めて、隊員もこういった事案に対応するのがほぼ初めてだった。自分の冷静さを伝えて“不安が連鎖しないよう活動しないといけない”と思った」

2人がイオンモール熊本に着いたのは、爆発からおよそ6時間後。

吉田さんは、現場の責任者として全体の指揮を、原さんは5人の救助隊の隊長として救助活動にあたりました。

【佐賀消防署・消防司令長 吉田健治さん】
「信頼している隊員だから(救助に関する)技術はある。ただ我々も二次災害を受けるわけにはいかないから、そこを一番心配しながら活動の指示を出していた」

【佐賀消防署・原杜大さん】
(Q:現場に足を踏み入れた時どんな景色が広がっていた?)
「店内は真っ暗ですね。粉塵が異常に気になった。瓦礫が散乱し、商品も散乱し、足の踏み場がない場所が多々あったり、普段見るような商業施設とはだいぶん違った光景だった」

そして、爆発の翌日。南側のバックヤード近くで要救助者を発見しました。

【佐賀消防署・原杜大さん】
「2階から崩落した床材、コンクリートの下敷きになっていた。非常に救助活動が難航しそうな現場だった。

早く発見して、早くコンクリートの下敷きから解放してあげて、まずはご家族・ご親族のもとにお返ししてあげたいという思いで活動をした。

できれば生きていてほしかった。それが正直なところ」

佐賀県の消防隊は合わせて3人の要救助者を発見。しかしその後、全員の死亡が確認されました。

イオンモール熊本での救助活動を終え吉田さんが今伝えたいこととは。

【佐賀消防署・消防司令長 吉田健治さん】
「地震後に建物等に入るのがいかに危ないかということを、もう一度皆さんが考え直していただけたらと思う」

イオンモール熊本の爆発事故をめぐっては、経済産業省が事故調査委員会を設置していて、9月3日に初会合が開かれます。

テレビ熊本
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