町の銭湯を利用するという方も多いのではないでしょうか。
物価高騰の波はあらゆる業界を直撃していますが、銭湯にはほかの業種にはない特別な事情があります。戦後に制定された法令によって、自由に値上げができない仕組みが今もなお残っているのです。
現場からは「これ以上取ると違法になる」という切実な声も上がっています。
一方で、地域コミュニティの拠点として、あるいは災害時の衛生インフラとして、銭湯に新たな役割を見出す動きも広がっています。
■ 60円の値上げに揺れる滋賀の老舗銭湯
滋賀県大津市にある「神楽湯」は、90年近く地域の人々に愛されてきた老舗銭湯です。
常連客の一人は「もう何十年と通っているから。マイロッカーまである。仕事の疲れが取れる」と話します。長年にわたって地域の憩いの場としての役割を果たしてきました。
そこに先週、衝撃のニュースが届きました。
滋賀県の審議会が、銭湯の大人料金を10月1日から60円値上げし、550円にするべきとの意見をまとめたのです。
人件費や燃料代など物価高騰の影響が大きく、事業者の存続を図るための判断でした。
常連客からは「ごっついな、60円上がるなんて初めてちゃうん?」という驚きの声が漏れました。
■ 廃材を燃やして経営を支える夫婦の苦労
「神楽湯」を切り盛りするのは、前田光雄さん(78)・幸恵さん(73)夫婦です。
2人はこれまで燃料費の負担を少しでも軽くしようと、できる限り重油を使わず廃材を燃やすなどの経営努力を続けてきました。幸恵さんは「つい横を触ってしまって、やけどするねん」と語ります。夏の炎天下での作業は、熱中症のリスクと隣り合わせです。
廃材をやめて重油に切り替えた場合、「燃料費は倍以上かかる」と光雄さんは言います。「燃料費を浮かして、他のところに回す。それで何とかやり繰りしている」と幸恵さんも続けます。
さらに2人は1時間以上をかけて浴室の清掃も行っています。
重労働を続けながらも、入浴料金を自由に上げられない。その根本的な理由は、法令にありました。
■ 戦後の「物価統制令」が今も
光雄さんは取材に対し、「我々は物価統制令がかかってるから、これ以上取ると違法になる」と話します。
物価統制令は1946年に公布された法令です。戦後のインフレを抑えるため、指定された商品やサービスの価格に上限を設け、それを超える取引を禁止することを目的としました。
規制の対象は終戦直後、米や石炭など約1万件に及んでいましたが、時代の変化とともに品目数は減少。今では銭湯の料金が唯一の規制対象として残っています。
そのため、スーパー銭湯などを除く一般公衆浴場、いわゆる銭湯の入浴料金は、店側ではなく都道府県知事が上限を設定する仕組みになっています。大阪府は600円で東京と並んで全国最高額、兵庫県は570円、京都府は550円です。
なぜ銭湯だけが規制対象として残り続けるのか。銭湯の制度などに詳しい弁護士は…。
【ダーウィン法律事務所 荒川香遥弁護士】「(銭湯に)入れなくなると公衆衛生上、病気になったりとかの可能性もある。自宅にお風呂がない方もいる中で、銭湯を自由化すると、入れなくなって公衆衛生上よくない」
■ ピーク時の10分の1以下に激減した銭湯数
銭湯の数がピークを迎えたのは1968年のことで、全国に約1万8000軒が存在していました。
しかし家庭に風呂があることが一般化したことに加え、後継者不足なども重なり、現在では10分の1以下にまで減少しています。
経営の厳しさが増す中、自治体レベルで新たな対策を打ち出す動きも出てきました。
■ 子どもの入浴料を無料に 京都市の取り組み
京都市では今年度から、18歳以上の大人と一緒に利用した場合、小学生以下の入浴料が無料になる制度を導入しました。実質的な値下げともいえる施策です。
【京都市 松井孝治市長】「親御さんと一緒に、あるいは大人の方とお子さんが一緒に銭湯に行っていただきたい」
銭湯が社会のマナーを学ぶ場にもなると語る利用者もいます。
【利用者】「助かってますし、子供にとってもめっちゃええことかなと」
(Q.なぜ子供にとっていい?)
【利用者】「交流の場になるんで。(子供が)走ってたら『走ったらあかん』と言われても、『すいません』って言える」
知らない大人から声をかけられる経験が、子どもたちにとって社会とのつながりを育む機会になっているといいます。
■ “オケカーリング”で交流を生む大阪の銭湯
大阪では、自らコミュニティの場をつくり出す銭湯も現れています。
大阪・住吉区の「朝日温泉」では10年前から、入浴以外でも銭湯を楽しめる環境づくりに取り組んでいます。
風呂桶やデッキブラシを使った「オケカーリング」など、ユニークなイベントを開催し、来店客同士の交流を促しています。
【朝日温泉店主 田丸正高さん】「全く知らない人同士が交わって遊ぶことによって、コミュニケーションが生まれる。風呂屋さんってもともとそうやと思う」
さらに田丸さんは、阪神淡路大震災で親戚の銭湯の煙突が折れる被害を経験したことから、銭湯の改装時に煙突の上部をコンクリートから軽量のステンレスに変更するなど、災害対策にも力を入れています。
■ 災害時のインフラとして注目される銭湯の役割
銭湯と自治体の連携も広がりを見せています。
銭湯の組合と大阪市は、災害時に入浴の機会を確保するための協定を締結しています。7月に発生した熊本地震では、銭湯が被災者に無料で開放される事例もありました。
災害時の銭湯の役割について、公衆衛生に詳しい京都大学の近藤尚己教授は…。
【京都大学医学研究科社会疫学分野 近藤尚己教授】「日本は災害が頻発している国ですので、家でお風呂に入れない状況でも、みんなの衛生を保ち、被災された方とか、様々な人同士の会話や交流が維持されることは、避難生活を送っていくためにも、とても大事」
■ 銭湯の未来 地域インフラとしての再評価を
物価統制令という戦後の制度に縛られながらも、重労働と経営努力で地域の湯を守り続ける人々がいます。一方で、子どもへの無料開放や災害時の協定など、自治体との連携による新たな可能性も見えてきました。
銭湯は単なる入浴施設ではなく、公衆衛生を支え、世代を超えた交流を生み出し、もしものときに地域を助ける場所でもあります。
昭和の時代から続くこの場所が、現代においてどのような形で次世代に引き継がれていくのか。その問いは、地域社会全体の在り方とも深くつながっています。
(関西テレビ「newsランナー」2026年8月24日放送)
