病気や事故などで手足を失った人々に寄り添い、装具の製作を通して生活を支える専門職「義肢装具士」。沖縄県南風原町に工房を構える遠藤龍義さんは、義肢の製作にとどまらず、利用者が「やりたいことを諦めない」ための場づくりに力を注いでいる。

身体の一部を補う義肢は、単なる器具ではなく、その人が自分らしい人生を取り戻すためのものでもある。遠藤さんの思い、そして活動に背中を押され、新たな挑戦へと一歩を踏み出す人々の姿を追った。
一人ひとりの生活に馴染む「必要な足」を作る
義肢の製作工程は、ほとんどが職人の手作業によって行われる。着用時のわずかな違和感が日々の生活の負担に直結するため、遠藤さんは微細な歪みも見逃せない。
「靴の中に小石が入っている感じ、あるじゃないですか。(義肢の表面に)ブツブツができると、常に取れない小石がある状態なので、それがないようにできるだけツルツルにするように心がけています」

遠藤さんはかつて自身の師から教わった「義足を作るのではなくて“その人の生活に必要な足を作りなさい”」という言葉を大切に持ち続けている。
「例えば長時間事務員だったら椅子に座ってる時間が長いので、座ってる時間を快適に、なおかつすぐにパッと立てるようにしてほしいという方もいるし、逆に現場で立って、歩く動作が多い仕事だと立ってる時の安定感を重視します」
ひと言に「義足」と言っても、用途や生活様式によって使用者から求められる機能はそれぞれに異なる。遠藤さんは装具士としての責任を痛感する、ある場面を振り返った。

「子どものいるお父さんの義足を作ったことがあったんです。納品の日がちょうど子どもの入学式で、それが終わってから来てもらって納品をしました。すると『これで生活が楽だよ、帰るね』と言ってくれて、子どもと手をつないで帰っていったんですよ。その後ろ姿を見た時に『この人、義足じゃなかったらどうなるんだろう』と思って。車椅子か松葉杖だと、手が塞がっちゃうんです。“手をつないで子どもと一緒に帰る”という日常的なことが、義足があるかないかで変わっちゃうんですよ。私の責任ってすごく重いなと感じました」
限界を超え、可能性を広げる場をつくる

遠藤さんは工房の“外”へ飛び出す取り組みにも注力している。
約3年前からスポーツ用義足の活用に着手し、運動機会の確保と交流のため、南風原町の陸上競技場で週3回の練習会を開催したり、さらには防水パーツを用いた海水浴イベントも実施したりして、利用者に新たな可能性を提示し続けている。

「私が今最も力を入れているのがスポーツ用。義足になると外に出る機会が減っちゃうんですよね。そうなると健康状態悪化してしまう方もいて、それを何とかしなくてはいけないと思っているんです」
利用者自身の自発的な気づきと成長を促すため、明確な意図を持って関わっている。
「手助けをしたいんですけど、出来るだけ助けないようにしています。ギリギリまで攻めて自分の限界が分かった上で、何で転んだか考える。そうすれば次からそこを超えられるんです。出来ないことに対して背中を押してあげたい。ちょっと背中を押せばできることは増えると思っています」
義足をつけることが「メガネをかけるぐらい普通」な社会を目指して

遠藤さんの活動は、参加者の意識を大きく変えている。
練習会に通う宮國司さんは、自身の子どもと遊ぶための日常的な体力作りから始め、やがては「中四国パラ陸上競技大会」への出場という高い目標を掲げるまでになった。「遠藤さんがきっかけを作らなければ、この立ち位置に私はいないので」と感謝を口にする。

義足に対する社会の眼差しそのものを変えていきたい——それが遠藤の根本にある願いだ。
「義足を『メガネ』だと思ってほしいんですよね。目が悪ければ、メガネをかけてて当たり前じゃないですか。義足がメガネと同じくらい“普通”の感覚になるような社会になったらいいなと。そんなことを思いながらこの活動を続けていて、これからどんどん広がっていったらいいなと思っているんです」

遠藤さんの作る義肢は利用者たちの生活を物理的に支えるだけでなく、ひとり一人に寄り添う取り組みによって利用者たちの人生の選択肢を広げていくための精神的な支柱にもなっている。遠藤さんはこれからも利用者の背中を押し続けていく。

