国内で年間およそ15万人が診断される大腸がん。その中で最も病状が進んだ「ステージ4」の宣告を受けながらも、肉体を鍛え上げ、再び競技の舞台に立つ男性がいる。
GINOWANジムに所属する又吉宏樹さん(51)。20歳で本格的にウエイトトレーニングを始めて以来、筋トレ歴は31年に及ぶ。1日4時間を超えるトレーニングに励み、数々の大会で実績を残してきた。

日々の鍛錬は成長の実感そのもの。筋トレについて又吉さんはこう語る。
「トレーニングを通じて自分の成長を常に感じられる、日々体が変わっていく日々重量が更新していく、日々筋肉の力強くなっていくことを実感できるのが筋トレの良い所だと思います」
絶望の淵から救ってくれたのは筋トレ
しかし2年前、体に異変が起きた。血便があり、排便のしづらさも感じて病院を受診し、告げられたのはステージ4の大腸がんという現実だった。
「本当に驚きました。まさか自分がというような印象でした」と、又吉さんは当時の衝撃を明かす。それからの2年間で手術を4度受け、腫瘍を縮小させるための抗がん剤治療も余儀なくされた。その副作用は壮絶を極めた。

「(辛かったのは)ダントツで抗がん剤ですね。吐き気、倦怠感あとは手足のしびれ…ほんとつらかったですね。二度とやりたくないです」
そんな激しい苦痛の只中にあっても、自らの足でジムへ通い続けた。
「『止める』という選択肢はなかったですね。筋トレをすることで体もですが、とにかくメンタルが前向きになりました。好きなことをやってると辛いことも紛れます。その意味ではトレーニングは自分を救ってくれたという思いがあります」

長年指導し、見守ってきたGINOWAN GYMの金城昌秀会長も感嘆の声を漏らす。
「闘病の時から頑張っている姿を見ると、これは普通の人はできないんじゃないかと思って。トレーニングに対する真摯な態度というか、1人であれほどできる人はなかなかいないと思います」
今も再発や転移の脅威は消えず、定期的な経過観察が欠かせない。病との対峙について、又吉は静かに、しかし力強く向き合っている。
「通常のがんであれば5年経過観察をして、何もなければ寛解・完治というケースもあると思うんですけど、自分の場合はそれはない。だからがんとは一生の付き合いなのかなって思ってます」
その背中を支えるのは、家族の温かい視線だ。

長男の悠樹さんは「同級生とかにもお父さんが筋トレやってることを知られてるんですけど、みんなカッコ良いって言ってて。憧れだと思ってます」と誇らしげに語る。家族の声援を胸に、ステージ復帰へ向けた熱意は高まっていった。
「今の方が絶好調というか、がんになる前よりも体力も気力も満ち満ちているというか。もう勝ちます、やります、やってやりますという思いです」
「絶対に病気には負けない」積み重ねたトレーニングの結果は…

7月26日に開かれた「沖縄県ボディビル・フィットネス選手権」。18~74歳まで総勢77人の選手が集う激戦の場で、又吉さんは一般の部とマスターズ50代の部に出場した。狙うは50代の部での2年ぶり2度目の頂点だ。
ライトが照射されるステージ上で、病との闘いを経て鍛え抜かれた肉体を披露する。ひとつひとつのポージングには、情熱と誇りが迸る。

静寂と緊張の中、又吉さんの名前が優勝者としてコールされた。大きな拍手を浴びながら、ステージ上で万感を込めて発したのは以下のような言葉だった。
「手術4回、抗がん剤40回以上やりましたけど、(トレーニングを)休んだ事はほとんどなかったですね。筋トレは皆さんの命を救ってくれます。皆さん、筋トレをしましょう!!」

大会終了後、家族から祝福を受けた金メダルを首にかけ、又吉さんは安堵の表情を見せた。
「安心感と『やった』という思いです。絶対に病気には負けないという思いでトレーニングを重ねてきたので、その積み重ねが結果につながったんだと思います」

優勝を受けて、子どもたちも大喜び。傍らで支え続けた妻の愛実さんも、心からの労いの言葉をかける。
「本当に強い人だなと思います。抗がん剤治療も辛かったと思うんですけど、その後も一生懸命トレーニングをして、自分の気持ちを保ってたのが本当にすごいなと思いました」
長男の悠樹さんも「がんになってたとは思えないくらい輝いていたんじゃないかと思います」と続けた。
「トレーニングは人生の全て」

「トレーニングは自分の命を救ってくれたものであり自分のモチベーションでもあります。とにかく人生の全てです」
そう語る又吉さんの肉体は、体の強さだけではなく、何よりも心の強さによって作り上げられたものだろう。
困難から逃げず、病との闘いという試練を乗り越えて磨き抜いた肉体で生きる希望を体現する又吉さんの筋トレ人生は、これからもますます“仕上がって”いくはずだ。

