お墓に込められた「家族の思い」についてです。高校2年生の息子を、事故で亡くした長野県千曲市の家族。墓石に刻んだのは、自転車が大好きだった息子の姿でした。
■墓に刻まれた亡き息子の姿
亡くなった友達の冥福を祈り、手を合わせます。
墓に刻まれているのは―。
高校2年の夏、16歳の若さで亡くなった矢嶋律希さんです。
律希さんの母・矢嶋恭子さん:
「ただ単純に律希に会いに来る場所って思って」
律希さんの父・矢嶋康さん:
「いつでも帰ってきなさい、それだけです」
律希さんが亡くなったのは、6年前の2020年8月15日。
千曲市の県道を自転車で走行中に急カーブで転倒。トラックと衝突し背中などを強く打って亡くなりました。
■「こんな表情してたんだ」
小さい頃から自転車が大好きで、亡くなる10日ほど前、友人とのサイクリングで撮影されたのが―。
あおむけになり、空に向かって自転車をこいでいるような写真でした。
律希さんの父・矢嶋康さん:
「年頃の子供はなかなか写真を撮らせてくれなくて、初めて見た時は、こんな表情をうちの子供はしているんだと、こんなに大人になっているんだってちょっとびっくりしました」
律希さんの母・矢嶋恭子さん:
「友達と行ったサイクリングが、すごく楽しかったんだなって伝わる写真だったので、ずっとここ6年間、あの写真に元気をもらってきた」
■「生きていたら…」癒えない悲しみ
3人兄弟の長男として生まれた律希さん。
素直で優しく、いろいろなことに熱心に取り組む活発な青年でした。
律希さんの母・矢嶋恭子さん:
「家族思いで自分ですごく楽しみを見つけていける子でした。洗濯物が一つなかったり、お弁当を作らなかったりすると、(律希が)いない時間っていうのが湧いてきて、そこからどん底の生活というか。律希のいない生活が慣れてくると、それはそれでまた切なくなってきて、忘れちゃうんじゃないかっていう悲しみがあったり」
律希さんの父・矢嶋康さん:
「生きていたらどうなっているんだろうというのが、毎日毎日、毎年毎年。他の子供はちゃんと大きくなっていくのに、この子だけずっとそのまま大きくなっていかないので、ああ、生きていたらよかったのにという思いは、すごく強かったです」
■息子の「新居」生きた証を
葬儀の後、お墓をつくることを考えましたが、つらい気持ちが癒えず、お墓も見つからず、遺骨をリビングに置いて過ごしてきました。
律希さんの母・矢嶋恭子さん:
「けっこうお墓づくりってエネルギーがいる。現実に、あのつらい時に戻されてしまうので、お墓づくりってすごくつらいので、くじけそうになる」
しかし5回目の命日が過ぎた2025年の夏―。
律希さんの父・矢嶋康さん:
「生きていれば大学を卒業する年になったので、どこか自分で独り立ちするようなところがあればいいのかなっていうふうに考えた」
律希さんが生きていれば、22歳になっていた春に「新居」を―。
律希さんの母・矢嶋恭子さん:
「主人は家名が入ったお墓とかではなく、息子の新居をつくるというか、生きた証しになるようなお墓をつくりたかったみたいなので、それならば一番楽しかった瞬間の私も大好きな写真をお墓にしたいって提案しました」
■墓石に「家族の思い」を込めて
2026年5月、墓石を建立―。
善光寺平が一望できる寺の高台に墓を建てました。
律希さんの父・矢嶋康さん:
「周りの景色が映りこんで見え方が全然違って、その度ごとに違う景色になってすてきだなと思います」
書道が得意な三男が書いた「1113kmの轍」の文字。
この数字は律希さんの自転車の記録装置に残されていた走行距離です。
そして敷石には「どこまでも走っていけるように」と道をデザインしました。
■同級生「律希の分も強く生きる」
8月11日、七回忌が営まれ、親族や同級生たちが律希さんをしのびました。
律希さんの父・矢嶋康さん:
「今でもさみしくて、話がしたくて、会いたい律希。だいぶ泣くことは減ってしまいましたが、思いは変わりません。『おはよう律希、大好きだよ』と、毎日必ず話しかけます」
参列者が墓参りへ―。
律希さんの同級生・内田恵汰さん:
「またな」
同級生の一人、内田恵汰さん。律希さんとはサイクリング仲間で、墓に刻まれた写真は内田さんが木島平村のスキー場で撮影したものでした。
律希さんの同級生・内田恵汰さん:
「いつも律希が自転車のルートとかを提案してくれて。(写真を撮った日は)景色がすごくいいし夏のゲレンデに行ってみるかってなって行って。今、生きていたら何していたのかなというのは思っていて、律希もどこかで同じように頑張ってるんだなと思うと、自分自身も頑張りたくなるし、律希の分も強く生きようかなと思っています」
■「いつでも帰ってきなさい」
律希さんの父・矢嶋康さん:
「律希のためにあんなにたくさんお友達来てくれて、本当にうれしくて、お墓まで来てもらって、つくってよかったなって気持ちでいっぱいです」
亡くなった故人をしのび、供養する「お墓」。
矢嶋さんの家族にとっては、律希さんの「生きた証し」を残し、いつでも会いに行ける場所になっています。
律希さんの母・矢嶋恭子さん:
「1週間に3回とか4回、来たくなっちゃうので、つくってよかったなと思います。わが家に生まれてきてくれてありがとう」
律希さんの父・矢嶋康さん:
「新しい居場所ができて、そこに行く気力も湧いてくるので、ちゃんと手入れしに行ったりとか、生きていく意味、力みたいなものができてよかったんだと思います。本当に『今、何をしているの?』ということにつきますね。今も自転車に乗って歩いているのか、怒らないから早く帰ってこい、いつでも帰ってきなさい、待ってるから」
