7月25日に行われた夏の高校野球高知大会決勝は、明徳義塾が高知中央を下し2年ぶりの夏の甲子園出場を決めました。
前評判は高くないながらも優勝した、2026年の明徳の強さとは?甲子園で優勝した伝説のOBにも話を聞きました。
2025年の夏の決勝で敗れた高知中央を3対0で下し、2年ぶり24回目の夏の甲子園出場を決めた明徳義塾。2026年に70歳になった名将・馬淵監督は試合後こんなことを言っていました。
明徳義塾・馬淵史郎 監督(70歳):
「ホームラン打てる選手もいない不思議なチームという感じ。不思議と春の大会負けてからおそらく3カ月近く1敗もしていない。不思議なチーム」
馬淵監督は2026年のチームを度々「力がない」と語りますが、春以降は練習試合を含めほぼ負けなし。実はこの「春以降負け知らず」というのは2002年のチームによく似ていると言います。
2002年といえば甲子園で優勝した年です。2002年の夏の甲子園で優勝し、プロ野球・近鉄などでプレーした明徳OB・筧裕次郎さんに2026年のチームについて聞きました。
2002年に夏の甲子園優勝・明徳OB 筧裕次郎さん:
「4番、5番の子が当たってなくても他の子がカバーできた大会。派手さがあるわけではないが、みんなでつないでみんなで点を取っていったりするチーム力はある」
2026年の武器「チーム力」が特に発揮されたのが、準決勝の土佐戦です。相手エースに抑え込まれ8回まで3点のリードを許す展開に。
しかし8回裏、2アウトからドラマが。2アウト3塁からタイムリーで1点を返すと、足も絡め2アウト2塁3塁のチャンスとし、3番・西川の2ベースヒットで同点に。
さらに2アウト2塁3塁の場面、5番・続木の打球をセカンドがエラーし、明徳は逆転。2アウトから5人がつないで4得点。激戦を制し、決勝進出を決めました。
2002年の優勝メンバー・筧さんがこの土佐戦で自分たちとの共通点だと感じたのが、筧さんの代から掲げ始めた「心はひとつ」という明徳のスローガンです。
筧裕次郎さん:
「土佐(戦)の時にメンバー外の子たち、3年生たちも含めて一生懸命応援してるし、勝ってほしいて気持ちもすごい伝わったので、そういうのが選手たちに力を与えてくれたそういうところも含めて似てる」
そして時代が変わっても変わらないものがもう一つ。
筧裕次郎さん:
「『耐えて勝つ』と監督が昔からスローガンに挙げてる好きな言葉。結局は守備からつくるのが明徳の野球。決勝戦みたいな守備ができれば、自分たちの野球に近づける」
そして高知中央との決勝戦。2点のリードで迎えた4回裏の守り、高知中央に満塁のチャンスとされますが、堅い守りで得点を与えません。
その後も、2002年と同じく守備からリズムをつくり、最後まで相手に流れを渡さなかった明徳。高知中央を完封し、見事甲子園出場を決めました。
明徳義塾・馬淵史郎 監督:
「うちの選手のレベルでもしっかり守り、鍛えて、みんなが一丸となったら甲子園もいけるんだと。どこと当たっても明徳義塾の野球を一生懸命やりたい」
2002年の優勝メンバー筧さんの息子さん、遥真選手が今、3年生レギュラーとして父と同じユニホームを着て活躍しています。
夏の甲子園は8月1日に組み合わせ抽選会が行われ、5日に開幕します。
