「自分のために料理を作るやつが多すぎる」
50年以上にわたって日本料理の頂点に立ち続けてきた京都の料亭「菊乃井」本店の3代目主人、村田吉弘さんはそう言い切ります。
【村田吉弘さん】「『俺の料理食べられへんねやったら帰れ』っていうんやったらな、もうお前は店閉めえ言う話やな」
日本料理を「世界の味」へと引き上げた、型破りで熱い料理哲学に迫ります。
■「これ以上なんかせえ言われてもでけへん」三つ星を獲得し続ける重み
菊乃井は、ミシュランガイド京都・大阪版が初めて刊行されて以来16年連続で三つ星を獲得し続けています。これは、わずか2つの店だけの栄誉です。
2018年には、日本料理人として初めて文化功労者に選出されました。
【村田吉弘さん】「これ以上なんかせえ言われてもでけへんなと思う。星が落ちたら星がまた元に戻るように頑張りますって言うしかないやん」
フランス料理界の巨匠、三國清三さんは村田さんをこう評します。
【「三國」オーナーシェフ三國清三さん】「世界でアラン・デュカスというシェフが最も多くの星を持っていて、その次にミシュランの星を持っている方。我々としては一緒に仕事させていただけるというのはありがたい」
【村田吉弘さん】「いらんこと言いやで」
■守り続けてきた一つの信念
村田さんには、守り続けてきた一つの信念があります。
【村田吉弘さん】「普通の人が普通に働いて、おばあちゃんの米寿の祝いとか、そういう時に兄弟で金出して『連れていってあげよ』って言えるようなところが、“活きた”料理屋や。俺は(コース)2万円は外さへんって言うて、ずっとやってんねんけどな」
菊乃井の基本は「飯屋」と村田さんは言います。
最高の食材を料理人たちが最高の技術で仕上げ、国宝級の調度品を誂えた部屋で客を迎える。三つ星店では破格ともいえる値段を守り続けているのは、そういった思いからです。
■大学在学中、単身フランスへ 世界から見た和食の現実を知る
1951年、料亭・菊乃井の3代目として生まれた村田さんは、“店を継ぐ者”として育ちました。
しかし、大学在学中にその未来に違和感を覚え、突如として父親に「フランス料理をやる」と宣言し、単身フランスへ渡ります。
そこで痛感したのは、世界から見た和食の現実でした。
「日本の食べ物は炭水化物ばかりであんなんばっかり食べてたら日本人はみんな栄養失調になる」「フランス料理を学んで自国の役に立ったほうがいい」と言われたのです。
【村田吉弘さん】「なんかむかつくなぁという感じで、日本料理を世界の料理にしようと思ったのが21歳。それから同じことずっとやってんねん。もう50年以上やってんねんけどな」
■ジャンル問わず“分け隔てなく”
菊乃井の厨房は外国人スタッフも多く、国籍を問わず開かれています。
【村田吉弘さん】「日本料理全体の発展をなんとかしようと思っているわけやから、こいつらを育てることが次につながっていく」
村田さんのその想いは、自身の店だけに留まりません。菊乃井には、ジャンルを問わず、料理人が教えを乞いに訪れます。
その一人に、ミシュラン一つ星のフレンチレストラン「ドロワ」の森永宜行シェフがいます。村田さんはニンジンだけで一皿を作る発想を惜しみなく伝えます。
【村田吉弘さん】「ニンジンだけで炊いて、上からトリュフ削ったらそれだけで十分や。うまいからいうてスープだけで出したら、なんのこっちゃって言われんねん。一押しが足らんねん。驚かそうと思わんと」
村田さんの真価は、和食の枠に留まらない柔軟性にあります。
「なぜ分け隔てなく教えるのか?」という問いに「言うたら育つやつには言うたほうがええやん。俺が死んだ後も教えとくと次の時代に生きよるやん」と話します。
■菊乃井の次期4代目は義理の息子 料理すらまともにしたことがなかった状態から努力積み重ね…
菊乃井の次期4代目・知晴さんは、村田さんの義理の息子です。
東京の専門商社に勤めていた知晴さん。結婚が決まるまで妻が菊乃井の娘とは「全然知らなかった」といいます。
【菊乃井 次期4代目・知晴さん】「三つ星ってそれより上がないということ。妻のことが好きで結婚している以上は、やるしかない」
料理すらまともにしたことがない状態から、10年以上にわたって努力を積み重ねてきました。
それでも、「菊乃井の家に生まれ育ったわけではない」という事実を感じる瞬間はあります。
【菊乃井 次期4代目・知晴さん】「厨房に行って日々営業をみんなと一緒にしていると、できてるような気になる。でも、自分で何かやってみるとなると、驚くほど発想が出てこない」
■「一子相伝されるべくは料理に対する姿勢」
有名料亭の若主人たちが一堂に会し、新たな料理を作り批評し合う「研鑽会」。
雑誌「専門料理」の連載企画として代々受け継がれてきたこの場が、この春、村田さんから知晴さんへと引き継がれました。
3時間以上戻したフカヒレを圧力鍋で炊き、小麦粉をうって焼いた知晴さんの試作品。しかし、圧力鍋によって柔らかくなりすぎた食感に、村田さんは容赦なく「手間をかけてまずいものを作る」と指摘します。
【村田吉弘さん】「悪くないけど、まだ頭の中でできてることがそのまま同じように表現できていない。技術的な継承、伝承とかいうけど、あとは考え方の継承。一子相伝されるべくは料理の作り方と違って、料理に対する姿勢やろ。研鑽会が伝えてるんもんは勉強せなあかんし、前に進めなあかんという精神を代々伝えている」
■「研鑽会」当日 張り詰めた空気が漂う
「研鑽会」当日。調理場には張り詰めた空気が漂います。
他の料亭の若主人が、父親の面影を色濃く感じさせる洗練された一皿を披露するのを見て、知晴さんが汗ばむ手で差し出したのは、渾身の「フカヒレの姿焼き」です。
研鑽会でそれぞれの若主人から評価を受けた知晴さんは静かにこう語りました。
【菊乃井 次期4代目・知晴さん】「最後まで迷うし、最後まで動じる。自信がないのかなというのは自覚している。早くそれが取り除けるように、いろんなものをたくさん吸収していきたい」
■“菊乃井らしさ”は「自然と受け継がれていく」
【村田吉弘さん】「本人(知晴さん)は不安かもしれへん。俺は全然不安なことない。菊乃井らしいという感じで、真似するつもりがなくても、ずっと一緒にやってると、そうなってくる」
知晴さんは、菊乃井が三つ星を維持し続ける理由についてこう話します。
【菊乃井 次期4代目・知晴さん】「大将と女将さんが一番になりたいって思ったから。調理場も仲居さんも、そうでありたいと思う人たちが集ってるからじゃないですか」
■三つ星を守り続けてきた重み
ついにミシュラン発表の当日。紺のスーツ姿で車に乗り込んだ村田さんは、窓の外の雨をぼんやり眺めながら、落ち着かない様子で連絡を待ちます。
(Q. いまの気持ちは?)
【村田吉弘さん】「毎年のことやけど、ドキドキしてる」
しばらくして、待ちに待った結果が届きました。
【村田吉弘さん】「菊乃井、三つ星らしい。三つ星違たらなぁ、えらいことやで」
淡々とした言葉の中に、三つ星を守り続けてきた重みがありました。
【村田吉弘さん】「バトンを次に渡す。大体1代が25年から30年。自分の技術とか自分の考え方をみんなに伝播していく、みんなをかわいがって、みんなと一緒に次の時代を作っていくという考え方のほうが、僕はええなと思ってる」
その目は、いつも日本料理の未来を見据えています。
(関西テレビ「newsランナー」 2026年6月24日放送)
