静岡県の鈴木知事が、リニア新幹線の静岡工区の着工を正式に認める中、トンネル工事に反対する市民団体が11日集会を開き、川勝前知事から寄せられたメッセージを披露した。「南アルプスの保全は地球倫理」というタイトルで、依頼を受けた経緯を説明する文章のあとに下記のメッセージを記載している。以下全文を掲載する。(見出し含め原文のまま)

★リニアは静岡とは無縁

 そもそも、リニア中央新幹線のプロジェクトは静岡県にはまったく縁のなかったものです。
 静岡県知事になる前、私は20世紀の末から国土審議会の委員をつとめていたことから、リニア計画のことは、よく知っており、実験線にも試乗していました。
 リニアのルートは、東京都と大阪府との間を、神奈川県―山梨県―長野県―岐阜県―愛知県―三重県―奈良県で結ぶという計画であり、静岡県がルートとして話題にのぼったことは一度すらありません。
 ルート上の都・府・県は“建設促進期成同盟会”を結成し、リニアの通過を認める見返りに、各県に駅を設置せよと誘致運動をおこし、ついにJR東海に駅の設置を認めさせました。そのリニア通過県の誘致運動にも、静岡県は、当初から、同盟会のメンバーに誘われたこともなく、一切かかわっていません。リニアは、元々、静岡とは無縁のものでした。

★経緯

 知事になって数年後のこと、突然、静岡県がリニアのルート上に組み込まれました。そして、JR東海社長いわく、「品川―名古屋間は2027年に完成する予定であり、南アルプス・トンネル工事を静岡県が許可しなければ、2027年の完成がおぼつかない」と。
 その社長は、記者会見などで、同じ内容を繰りかえし、高飛車な態度で一方的に静岡県を責めたて、世論を煽りました。
 社長は虚言(ウソ)をついていました。
 社長の発言がウソであるとわかったのは、その社長が2023年に会長になり、新社長になって一年経った2024年3月29日、国交省が設置したモニタリング会議の席で、委員長から二度にわたって問い詰められた新社長が、工事の遅れは、静岡だけではなく、他県でも大幅に遅れており、2027年開業はできないと、具体的に数字を挙げて、正直に告白したからです。その会議の詳細について、国交省モニタリング会議の委員長が、4月2日に知事室に来られて報告してくださいました。JR東海が正直という徳に立ち返ったことを喜びました。それは新しいスタートラインを画する節目でした。委員長には、今後のリニア問題の解決を一任すると述べ、委員長が知事室を出た30分後に辞任を表明しました。
 今後、リニア工事には、不測の事態が起こると予想されます。その際、真実を隠さず、正直を旨とし、万機公論に徹し、互いに胸襟を開けば、困難はかならず乗り越えられます。
気品のある霊峰富士山を抱く静岡県民は、虚言・ウソ・偽りを嫌います。静岡県には「公務員八か条」があります。第二条は「嘘・偽りを言わない」と謳っています。静岡県を狙い撃ちにして、社長が、不都合な真実を隠しつづけ、工事の遅れは、ひとえに静岡県の工事ができないせいだ、と虚言(ウソ)を吐き続けたのは、範を垂れるべき大企業のトップの、あるまじき所業であり、企業倫理にもとります。まことの武士ならば切腹ものです。
 今月初め、浜岡原発が、データを不正に操作し、規制委員会の調査が始まってからも、データ改ざんを続けたと報道されました。リニアは巨大な電力を必要とし、リニアを動かす電力源は原発です。JR東海や原発をあずかる大企業が、平然と続けた「嘘・偽り」は、社会の公正と安全を脅かすものであり、県民の生命・財産をあずかる県政のトップは、それを不問に付すべきではありません。問われているのは、トップに立つ者の、天下に恥じない道徳規範です。

★南アルプスは天下の至宝

 南アルプスは、今から62年前の1964年に国立公園に指定されました。北アルプスや中央アルプスは、長く雪に閉ざされますが、南アルプスは雪解けが早く、命の水が山全体に沁みわたり、頂上から裾野にいたるまで、さまざまな生物が息づいています。特別保護地区もあり、その生態系は学術的価値が高いのです。国立公園の所管は環境大臣です。政府です。それゆえ、南アルプスの自然を保全するのは国の責務であり、南アルプスを将来にわたって保全するのは日本の重要な国策と言うべきです。
 国立公園指定50周年の2014年、南アルプスはユネスコ・エコパークに登録されました。エコパークの正式名称はBio-sphere Reserve、訳せば「生物圏の保存地域」です。深山幽谷がはぐくむ固有種を含む生物種の多様性の核心地域(コアエリア)だけで25,000㌶、緩衝地域は72,000㌶強、総面積は302,000㌶強もあり、国内最大規模を誇る南アルプスの豊かな自然環境と生物の多様性が、今や人類の共有財産になっています。ユネスコ・エコパークを保全することは、地球社会に対する日本の国際的義務です。
 南アルプスを保全するのは、日本の国策であり、日本の国際的責務であることを、夢忘れるべきではありません。
 一方、リニアは公共事業ではない、民間事業です。当初、総工費は5兆5235億円と公表し、費用の全額を自社でまかなうと大見えを切った、その舌の乾かぬうちに、それをホゴにし、政府から3兆円もの財投を受け、総工費は7兆円以上に膨れ上がり、現在は11兆円かかるとされており、当初の2倍です。税金が投入される公共事業では、このような杜撰さは認められません。民間事業ですから、公的チェックが効かず、しかも「国家 的事業」をかさに、ごり押しの態度です。
 風呂の栓を抜けば水位が下がるのと同じように、トンネルを掘れば、頂上付近の水位は下がり、付近に生息している生物種の生きるのに必要な水を奪い、命を奪います。
 トンネルの長さは 8.9 kmと報じられていますが、それは本坑のみの長さです。実際には、本坑に加え、先進坑 8.9 km、二本の斜坑 6.5 km、導水路トンネル 11.4 km、工事用トンネル 4kmと、これらトンネルの長さの総計は 40 kmにもなります。導水路トンネルは土管ではありません。幅5m、高さ4m、トラックが通れる大きなトンネルで、この導水路だけも本坑よりも長く11.4 kmもあります。
 そのような大規模な掘削は、うたがいなく、国立公園、ユネスコ・エコパークの南アルプスを確実に傷つけます。それは明らかに、日本の国策にも、日本の国際的責務にも、真正面から反する行為です。そのことを認識していながらも、なお工事を強行せんとする JR 東海は、国家 的事業をあずかる日本の大企業の名にふさわしいのか。工事を正しいと胸を張って言えるのか。とても言えません。蛮行と言うべきです。
 トンネル掘削で、水位が下がるだけでなく、流量は減り、無数の水脈が破壊され、水質は悪化します。何ひとつ! 南アルプスのためになりません。そのことをJR 東海は、調査を重ねれば重ねるほど、よくよく知るに至りました。熟知して損害の出ることが、初めから分かっているからこそ、補償を申し出ているのです。いったん失われた水も命も元には戻りません。すでに山梨県でも岐阜県でも水枯れが出ています。
 静岡県民は、霊峰に深い畏敬の念を抱いています。富士山は、日本の自然の代表であり、世界遺産でもあり、地球的自然の代表です。南アルプスも日本の自然の代表であり、地球的自然の代表であるからこそ、国立公園、ユネスコ・エコパークに指定され登録されています。
 南アルプスを傷つける行為は、我が日本国民が伝統的に大切にしてきた「八百万の神々」「草木国土悉皆成仏」という、人だけではなく、自然も同じように重んじる古来の思想にも真っ向から反するものです。

★リニア計画の見直しを求める

 私はリニアに反対したことは一度もありません。リニアの完成を待ち望んでいる人々がいることは熟知しています。
 静岡県がルート上に入ったことを受けて、知事として私は建設促進期成同盟会への入会を求め、認められました。期成同盟会は利益団体であり、リニアの建設促進を目標に掲げています。同時に、リニアにかかわる調査研究・広報啓発を謳っているのです。
 そこで私は、期成同盟会の規約にのっとり、県内外のリニアの工事現場を訪れ、神奈川県の車両基地が用地買収すら出来ていない現状を自分の目でみて期成同盟会の会員に広報しました。しかし、JR東海社長は「2027年までに車両基地は完成する」と反論し、神奈川県知事もそれを素直に信じました。
 リニア駅が建設中の岐阜県の中津川にも視察に行きました。中津川は山紫水明の土地柄であり、「栗キントン」が有名です。しかし、「栗キントン」を買うために、中津川リニア駅にどれほどの人が降りるでしょうか。明らかに、中津川を選挙地盤とする国会議員が誘致を働きかけたのです。
 中津川のリニア駅の近くに、10〜20 の未利用地があるのを知りました。中津川は、かつて首都機能移転の第二候補地になった東濃の奥座敷に位置することから、私は、当時の中津川市長にお目にかかり、立法・行政・司法の首都機能のうち、司法の最高裁判所を中津川に誘致すれば、日本の中心の一つになると提案しました。併せて、目下のところは現実性がないものの、将来、リニアが松本空港と結ばれれば、北海道から沖縄まで、だれもが松本空港からリニアで中津川に来られるようになり、中津川の中心性がより高まるであろうとも提言しました。
 これはほんの一例ですが、リニアが日本の公益に資するよう、まだまだ知恵を絞り、考え直すべきことがあります。工事は遅れに遅れ、総工費は、年を追うごとに、膨れ上がっています。「急がば廻れ」といいます。一度、立ちどまって、全体計画を見直すべきときです。

★工事ヤード予定地は難所

 南アルプス山中のトンネル工事現場ヤードはすごい山奥です。標高1500mの二軒小屋から、さらに西俣川をさかのぼった河川敷に工事ヤードが予定されています。二軒小屋は、冬季は閉じています。
 そのような山奥で数百人が数年間も寝泊まりし、生活すれば、病気になり、怪我をする可能性は高く、そのようなとき、ヘリコプターはおろか、救急車も到達するのが厳しい危険な所、そこが工事現場予定地です。大勢の作業員が寝泊まりすれば、生活雑排水が大井川上流の西俣川を汚染することは目に見えています。
 厳しい現場で働く作業員のことを、本気で考えるならば、トンネル掘削の決定を下した国交省トップとJR東海トップは、一年間とは言わないまでも、せめて一週間、そこで監督を兼ねて生活してごらんなさい。
 現場の厳しい環境は、南アルプスを知る人には自明です。工事の決定を下した当人が、責任感があるならば、南アルプス山中の現場に出向き、現場を知ることが、この工事ほど求められるものはありません。トップたる者、現場に出る勇気と責任感のあることを世間にあかし、また、自分の下した決定が正しいかどうかを知るために現場に出てみよ。現場は教師です。南アルプスの山奥の現場は、「何をするべきか」というよりも、「何をしてはならないのか」を語りかけてくれます。

★結び

 リニアは、静岡県には、最初から無縁のものでした。
 トンネル工事は、南アルプスには、「百害あって一利」なしです。
 元々、無関係であった静岡県をリニア・ルートに強引に組み入れた民間企業JR東海の意思決定者は、南アルプスのことをよく知らず、とんでもない誤りを犯しました。一民間企業の己の事業優先の経営者の無知が生んだ莫大なツケを、現在、工事関係者も静岡県民も払わされています。そして、天下の至宝=南アルプスに測り知れない危害を及ぼそうとしています。それは万死に値するほど誤った決定でした。
 南アルプスにトンネルを掘ることは、「草木国土悉皆成仏」の古来の倫理にもとり、グローバルな現代の地球倫理にも反する蛮行です。
 JR東海は、「さすがサムライ・ジャパン!」と世間から評されたければ、静岡県をルート上に入れた過ちをいさぎよく認める勇気を発揮されたい!「過ちは改むるに如かず」です。

(見出し含め原文のまま)

テレビ静岡
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