7月7日は七夕。勝山市の織物記念館「ゆめおーれ勝山」から田丸萌夕希アナウンサーが生中継でお伝えします。

まずは、街ゆく人に願い事を聞きました。
  
「野球選手になりたい」(男の子)
「家族みんなが健康で、幸せに過ごせますように。(欲をいえば…)一人でゆっくりできる、楽しい時間がほしい」(女性)
「昔バックパッカーをやっていたので、また世界中を回りたい」(東京から出張の男性)
「アメリカのペンシルベニア州から来た。世界中を旅しながら、新しい恐竜の化石を発見したい!そのために福井に来たんだ」(外国人観光客)
「カヌー競技でもう一度、日本代表に選ばれたい。…こういうのは、少し照れますね」(熊本出身の大学生)

<田丸アナウンサーの中継>
あいにくの空模様となり、今夜の天の川を見るのは難しそうです。しかし「ゆめおーれ勝山」は子供たちの願い事が込められた笹飾りで、とても華やかな雰囲気です。
 
さて、皆さんは「七夕」と聞いて、福井との結びつきを意識されたことはありますか?実は、その「七夕」の由来を紐解いていくと、福井の基幹産業でもある「織物」との、意外な歴史の接点が見えてくるんです。
   
その謎を解き明かすために、おおい町にある「暦会館」で話を聞いて来ました。
   
暦会館・山田虹太郎さん:
「七夕は7つの夕べと書いて七夕(たなばた)と呼んでいます。普通に読めば『しちせき』となりますが、本棚の棚に機械の機と書いて『棚機(たなばた)』が由来となっています。なぜ機織り機かというと、元々、7月には乞巧奠(きっこうでん)という行事があり、これは織姫と彦星の伝説に関連づいた布や裁縫、あるいは楽器の技術の向上というところに関係する行事です。この乞巧奠(きっこうでん)という行事が織機の棚機(たなばた)とくっついて七夕につながったと考えられています。ちなみに、短冊に願いを書く行事の形に変わったのは、江戸時代になってからで、庶民に大きく広がっていきました」

6世紀頃、中国から棚機(たなばた)=高機と呼ばれる、椅子に腰かけて織る高度な織機と、それを扱う棚機女(たなばたつめ)」という女性職人が、日本に渡来しました。その「棚機女たちが、7月7日の星まつりに天の織姫に対して織物技術の上達を祈る儀礼をおこなっていたことから、次第に、7月7日の行事(星まつり)そのものが「たなばた」と呼ばれるようになったのではないかという説があります。


七夕の語源は、繊維王国・福井に欠かせない織機だったんです。そしてその「高機」が、まさに私の目の前にあります。きょうは特別に、私も少し“織姫体験”をさせていただきます。
   
実は先程、足踏み織機を習ったのですが、手と足を同時に使うため、かなりコツが必要なんです。かつての職人たちも、こうして技術の向上を願いながら反物を織っていたのかもしれませんね。

そして、この伝統を地域の子供たちに伝える取り組みも行われています。
  
7日午前中には、地元の「南こども園」の園児らが、願い事を書いた短冊を笹に飾り付けました。このイベントは10年以上続いているそうです。職員の中村さんは「七夕という親しみのある伝統行事を通じて、ここ勝山市に昔からつづく織物の歴史や文化を知ってもらうきっかけになれば」と毎年続けているということです。

そしてこの時期ならではの「七夕スイーツ」も紹介します。きょうは特別に、館内に用意させていただきました。
      
県内の和洋菓子店で作られている、「七夕」をモチーフにした涼しげなスイーツです。
 
森八大名閣の「星今宵」は天の川をイメージした鮮やかな青色の羊羹。永平寺だるまぷりんの「七夕恐竜発掘プリン」は青いゼリーに星をちりばめたプリンです。ゼリーの爽やかな甘さとプリンのコクが引き立ち、目でも舌でも、七夕を感じられます。
  
さあ、きょうは、「七夕」の見方が少し変わるような、福井との意外なつながりについてお伝えしました。皆さんは短冊にどのような願いを込めましたか?
 
勝山市のゆめおーれ勝山からお伝えしました。

福井テレビ
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