富士フイルムは7月1日、昭和の時代に一世を風靡したレンズ付きフィルム「写ルンです」の新モデルを20年ぶりに発売すると発表した。
近年、若い人を中心にフィルム写真の人気が高まっていることが背景にある。
昭和のヒット商品が今なお輝き続ける一方で、すっかり見かけなくなったものも少なくない。
街の人に聞いてみると「おんぶひも」、「アルバム」、「駅の伝言板」…思い出と共に教えてくれた。
そんな昭和レトロなアイテムに新たな命を吹き込み、見事に業績をV字回復させた老舗企業を秦令欧奈アナウンサーが取材した。
■年商5000万円が300万円に 旭屋ガラス店
神戸市長田区で、およそ100年の歴史を持つ「旭屋ガラス店」。1枚1枚に独特の模様がある型板ガラスを扱ってきた。
3代目の古舘嘉一さん(56)がサラリーマンから家業を継いだのは2002年のことだった。
「うちの親父が同業者に『ようこんな厳しい時に家業を継がすなぁ』と言われていたのを思い出す」と古舘さんは振り返る。
1960年代の全盛期には年商5000万円を誇ったお店も、古舘さんが継いだ当時はわずか300万円にまで落ち込んでいた。早朝や深夜のアルバイトを掛け持ちしながら、なんとか生計を立てていたという。

■昭和の「型板ガラス」とは
型板ガラスは、それぞれ異なる模様が刻まれていて、昭和40年代には約70種類もの模様があり、すべてに名前が付いていたというこことだ。
夜空の星をイメージした「銀河」、メロンの網目模様を表現した「メロン」…どれも時代の記憶を宿した品々だ。
しかし現在、型板ガラスは需要の低下と大量生産方式への転換により、生産されている種類はわずか1種類にとどまっている。

■コロナ禍に700件の注文が殺到
どん底の状況が続いていたのだが、コロナ禍の2020年に突如、転機が訪れた。
古舘嘉一さん:ポケットのスマホがずーっとブルブルと震えていた。見たら、インターネットショップの注文がどわーっと入ってて。700件ぐらいかな。口座を見るとどんどんお金が入ってくる。うれしいというより怖かった。
きっかけはSNSへのある投稿だった。
〈SNSの投稿〉「昭和の型板ガラスを使って作られた小皿を買いました。模様の名前は『銀河』」
実は古舘さんは、仕事の幅を広げるため、3代目を継いでから店に残っていた昭和の型板ガラスを熱で曲げ、お皿を作り始めていたのだ。直径18センチで3300円。
これまでになかったノスタルジックな柄を持つお皿は、たった3日間で当時の年商を超える400万円を売り上げた。

■被災地の記憶を皿とランプシェードに
さらに古舘さんは2年前から、能登半島地震で被災した家屋から出た型板ガラスを引き取り、新たな命を吹き込む活動も続けている。
古舘嘉一さん:被災者の方々は、思い出を残す暇がなかった。それで皿やランプシェードを作ってプレゼントして、余ったガラスで作品を作り、売り上げの一部を支援に回している。僕も震災(阪神・淡路大震災)を受けた身なので、何かお手伝いしたい。
昭和の記憶を宿したガラスが、被災地の人々の思い出を今に伝える器となっているのだ。

■トタンのバケツが売れなくなった
次に秦アナウンサーが取材したのは、兵庫県姫路市にある、創業から103年という老舗の渡辺金属工業。
創業当時から作り続けてきたのが、トタン製のバケツだ。小学校などでよく使われ、1970年代まではよく売れたそうだ。
しかし転機は突然やってきた。
ポリバケツの普及により需要が一気に奪われ、年商はわずか500万円にまで落ち込んだのだ。人件費すらままならない状況で、倒産の2文字が現実味を帯びていた。

■アメリカのドラマに救われた
そのピンチを救ったのが、4代目・渡辺政雄さんの母・由利子さんのひらめきだった。
渡辺金属工業4代目 渡辺政雄さん(47):アメリカのテレビドラマを見ていた時、大きな金属を使ったバケツが出てきた。そういったものはそれまで日本にはなかった。これをうちで作れば、日本で売れるんじゃないかと。
こうして1978年に誕生したのが、おしゃれなゴミ箱「オバケツ」だ。
発売以来、累計400万個を売り上げた大ヒット商品となり、渡辺さんいよると、売り上げは総額30億円規模にのぼるという。
まさにV字回復を導いた一品なのだ。

■今もアンテナを張り続ける母
ひらめきを生んだ母・由利子さんに当時のことを聞くと、こんな言葉が返ってきた。
母・由利子さん:テレビを観るときも街を歩くときも、ずっとアンテナを張っていた。今もアンテナ上がっているんですが、見えますか。
取材した秦令欧奈アナウンサーが「見えます!しっかり立ってます」と返すと、由利子さんは「ツノじゃないですよ」とにっこり。
母・由利子さんのアンテナは今もなお健在で、15年ほど前から新たなオバケツを次々と開発している。
二重構造の蓋の中に防虫剤を入れて米びつとして使えるバケツ、ヒノキの蓋が付いた足湯のバケツ、蚊取り線香のバケツ…どれも他ではなかなか見かけない商品ばかりだ。

■7人の職人が1つずつ手作り
こうした努力が実を結び、一時は500万円にまで落ち込んでいた年商は、現在なんと2億5000万円にまで回復した。
工場で作業を担うのは、わずか7人の職人だ。20〜30の工程を1つ1つ手作業でこなし、1日に作れるのはおよそ300個ほどに限られる。
小さなパーツまで自社工場で製造する、メイドインジャパンの魂だ!
渡辺政雄さん:たくさん作ろうと思って手間を省いたり、簡単に作ろうと思いがちですが、1つ1つ丁寧に作り続けていることが、長い目で見て評価された。
(関西テレビ「newsランナー」2026年7月3日放送)


