終戦から81年。太平洋戦争で戦死した高岡市伏木出身の特攻隊員の慰霊碑が射水市の寺院に完成し、6日に除幕式が行われました。

慰霊碑は、戦争当時射水市立町の大楽寺で住み込みで、仏の教えを学んでいた高岡市伏木出身の国谷弘潤さんのものです。

鹿児島県の知覧特攻平和会館によりますと、国谷さんは大学時代に徴兵され、昭和20年4月1日、石垣島の陸軍飛行場から出撃し、21歳の若さで戦死したということです。

6日は慰霊碑の除幕式が行われ、寺の田村晴彦住職が法要を営み戦死した特攻隊員を弔いました。

沖縄戦で戦死した陸軍の特攻隊員は1036人。このうち富山県出身者は13人で、国谷さんもその一人です。

寺には唯一、国谷さんの写真が一枚だけ残されていて、それを頼りに田村晴彦住職がことし5月、鹿児島県の知覧特攻平和会館に問い合わせたところ、遺書を書き起こした資料が寺に届いたということです。

遺書は戦死する前日に書かれたもので、育ててくれた大楽寺への感謝が綴られていました。

*大楽寺 田村晴彦住職
「本人(国谷さん)の思いに応えた。お寺の内弟子の中で自ら志願をして国を守った人がいた。お坊さんが志願をするのは大変珍しい。大楽寺として何ができるか真剣に考えた」

石碑には国谷さんが最後に見たとされる沖縄の海や空、そして富山湾の青をイメージした碧色の翡翠が使われ、部隊名や戦死した年月日を刻んだ銘板も添えられています。

富山テレビ
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