店を構える富山県氷見市を拠点に、介護施設や避難所も訪ね歩く「福祉ネイリスト」がいる。東日本大震災での被災体験を原点に、「人の役に立ちたい」という一心でたどり着いたネイルの世界。能登半島地震から2年半が経ったいまも、能登の施設に定期的に足を運び続ける女性の姿を追った。

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「喜んでもらうことが私のガソリン」 氷見市に自らの店を構えるまで

富山市在住の中村志帆さん(33)は、今年3月に氷見市中央町に自身のネイルサロン「poppy nail&care」をオープンした。

店舗を構えるにあたって活用したのが、氷見市が空き店舗を希望者へ貸し出す「チャレンジショップ制度」だ。ネイルケアを通して誰もが元気になれる場所を作りたい—その思いを形にするために、この制度を利用した。現在は近所の人や赤ちゃんを連れた母親など、幅広い年齢層が店を訪れている。

中村さんがネイリストを志すきっかけとなったのは、高校生のときに経験した東日本大震災だった。

「宮城県で被災して、そこから地元に戻ってきた時に自分が生き延びてしまったとか、逃げてしまったということを感じて、そこからずっとつらいなと思いながら生きてきた」

そんな中村さんを変えたのは、災害ボランティア活動中に現地の人からかけられた言葉だった。「つらいことはつらいでいい」——その一言が、「私にはまだできることがある」という気づきをもたらした。富山に戻った後、「人の役に立ちたい」という思いを抱き続けた中村さんは、2023年に福祉ネイリストの資格を取得した。

能登に何度も通い続ける理由 「笑顔を引き出せるようになった」

2024年1月に発生した能登半島地震。中村さんは発生後から災害ボランティアとして何度も輪島市や七尾市の避難所を訪ね、被災者の爪を整えてきた。氷見市に店を構えたのも、地元だけでなく能登の被災者を笑顔にしたいという思いが根底にあった。

取材当日、中村さんは七尾市の施設を訪れた。能登半島地震以降、定期的に訪問を続けており、施設の利用者だけでなく、そこで働く職員のネイルケアも行っている。利用者には体の自由が利かない高齢者も多いため、負担をかけないよう、施術は20分程度で仕上げるよう工夫している。

地震から2年半。繰り返し通い続けることで、少しずつ変化が生まれてきた。

「施術後もネイルをつけていたり巻き爪が緩和されると『やってよかったな』とかご自身を労わる時間にもなるので、そういったきっかけを作りたい」と中村さんは話す。「ネイルを塗ったあとの笑顔はなによりもご褒美。喜んでもらうことが私のガソリンになっている」

何度も足を運ぶことで生まれた信頼関係が、被災者の表情を少しずつほぐしているのだ。

福祉ネイルの輪を広げたい スクール開設も視野に

中村さんはこれからも、さまざまな人たちを笑顔にしていきたいと意気込む。さらに、福祉ネイルの仲間を増やすためのスクール運営も考えているという。

一人のネイリストが地域の施設を回れる範囲には限りがある。担い手を増やすことで、ケアの届く場所をさらに広げていく—中村さんの挑戦は、施術の場から教育の場へと、着実に広がりを見せようとしている。

「喜んでもらうことが私のガソリンになっている」。東日本大震災での被災体験をきっかけに、能登の被災地へと通い続ける中村さんの指先に込めた思いは、これからも色褪せることなく輝き続ける。

(富山テレビ放送)

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