シリーズでお伝えしている「熱海土石流から5年」。2回目の6月30日は、最愛の家族を失いながら迫られた生活の立て直し。被災者や遺族の5年を追いました。

企画本編では土石流発生時の映像が流れます。

田中公一さん、76歳。

5年前の土石流災害で、最愛の妻・路子さん(享年70)を亡くしました。

2021年7月3日、熱海市伊豆山を襲った土石流災害。

大量の土砂や流木が住宅を押し流し、伊豆山の原風景は一瞬にして奪われました。

災害関連死を含めて死者は28人。

それまでの日常と最愛の家族は、突然失われました。
 
あの日、田中さんは降りしきる雨の中、友人の家を心配し自宅を出ました。

遺族・田中公一さん(2021年7月4日・発災翌日):
妻の幼なじみが上多賀にいる。(路子が)電話入れて「挟まれてるから助けに来て」って

1人家に残った妻・路子さんだけが土石流にのまれ、命を落としました。

遺族・田中公一さん(2022年):
痛かったか。何もやってやれなくてごめんな

3年前、同じ伊豆山地区にあたらしく建てた家。

大工に頼み込んで入れてもらったというこだわりの柱には、4人の孫の身長が刻まれています。

会うたびに、大きくなっていく孫たち。

5年という時の流れを感じる一方で、なかなか進まない街の復興に複雑な思いを抱いています。

遺族・田中公一さん:
復興というものではなくなる。住む人がいない。方向性がほとんど見えないまま、ズルズル来ているから、ここを当てにしてなんてわけにはいかないよね

多くの知り合いが伊豆山を後にする中、ふとしたときに路子さんを思い出すといいますが、心の大半を占めているのは「諦め」に似た感情です。

遺族・田中公一さん:
まだ2、3年だったら行けるのではないかと思うけど、5年経つのにこの状況ではなかなか。どこへも出る気がしなくなる。ひとりで行ってもつまらない。そんな(感じで)暮らしているような状態

遺族・瀬下雄史さん:
普段忘れていても、時々思い出す。思い出した時がやっぱり苦しい。苦しみが完全になくなった、薄くなったということではない

瀬下雄史さん、58歳。

瀬下さんは5年前の土石流で、母・陽子さん(享年77)を亡くしました。

遺族・瀬下雄史さん(2021年9月):
生前の面影が欠片もなく、本当にこれが母だったのかと。しばし現実感がなかったが、こういった悲惨な事件を二度と起こしてはいけないと

母の命を奪った「責任を追及」し、違法に造成された盛土が崩落した「原因を究明」しようと、瀬下さんは遺族や被災者でつくる被害者の会の会長に就任。

100人を超える被害者の会の先頭に立って、盛土が造成された土地の新・旧所有者、さらには県と熱海市に対し、損害賠償を求める民事訴訟に踏み切りました。

ただ、5年経った今でも裁判は続いたまま。

瀬下さんが今、抱いているのは「怒り」です。

遺族・瀬下雄史さん:
被告全員が自分の責任、罪を認めない。責任のたらい回し。非常に見ていて腹立たしい

民事裁判は2026年度末までに判決が出る見込みですが、相手側が控訴することも視野に、瀬下さんは「あと5年はかかる」と覚悟しています。

遺族・瀬下雄史さん:
こうした災害で肉親を亡くす、肉親に対面しなければいけないことは、本当につらい。二度と起こしたくない。起きてほしくない。私たちができることは頑張っていかないといけない

毎年7月3日、自宅のある千葉県から車で3時間かけて伊豆山を訪れ、母の家があった場所で手をあわせてきました。

ただ、2026年で最後にするつもりです。

遺族・瀬下雄史さん:
あの場所に立つことも、心情的には苦しい。体重も15kg以上落ちたし。特に食欲がないわけではないが、心労が大きいのか。気づかないところで

癒えることの深い悲しみ、地域の復興も道半ばです。

諦めを抱えながら生きる遺族。

苦しみを抱えながら闘い続ける遺族。

それぞれの思いを胸に、2026年も7月3日を迎えます。

テレビ静岡
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