公職選挙法上は認められているはずの行為が、なぜ制限されたのか。そこには、能登半島の被災地が抱える切実な実情と、民主主義の公平性をめぐる根深い課題があった。
困惑する避難住民「前は普通に入っていたのに」
「なんで入ってこないのかなとは思っていた」 仮設住宅で暮らす住民からは、そんな困惑の声が上がる。

無理もない。今年2月の衆院選や3月の石川県知事選では、候補者たちは普通に仮設住宅の敷地内に入って選挙活動を行っていたからだ。「県ではOKなのに、なぜ珠洲ルールがあるのか」と疑問を抱くのは当然の心理といえる。
実際、石川県選挙管理委員会も「法律の中では、仮設住宅の敷地内であっても選挙運動に特段の制限はない」との見解を示す。


公職選挙法では公営施設の「建物内」での運動は禁じているが、「敷地(外)」は対象外だ。さらに仮設住宅は公営住宅に準ずる扱いとなるため、本来は建物内も含めて制限はない。
ではなぜ、珠洲市選管はブレーキをかけたのか。
制限の背景にある「被災地ならでは」の3つの理由

珠洲市選管が「自粛」を求めた背景には、法解釈だけでは推し量れない被災地特有の住環境があった。理由は大きく3つに集約される。
①「学校の敷地内」という特殊な立地
珠洲市内は平地が極端に少ない。そのため、全45箇所の仮設住宅のうち10箇所が小中学校のグラウンドなどに建てられている。公職選挙法には「学校や病院の周辺では静穏を保つ」という規定があり、仮設の敷地内で大音量を流すと、隣接する学校の授業を妨げてしまうという矛盾が生じた。
②狭い敷地と住民への負担
限られたスペースに密集して建てられた仮設住宅の敷地内は非常に狭い。そこへ何台もの選挙カーが出入りすることは、避難生活を送る住民の日常生活にとって大きな負担になると選管は配慮した。
③「7日間」という選挙期間の長さ
国政選挙や知事選では、候補者が珠洲市内で運動を行うのは1日程度だった。しかし市長選となれば、7日間の全期間を通じて激しい選挙戦が市内で展開される。住民や学校への影響が長期化することを市選管は重くみた。
当時、珠洲市の人口約8,500人のうち、約3分の1にあたる2,800人前後が仮設住宅に身を寄せていた。この巨大なボリュームゾーンに対して、市選管は「被災者への配慮」を最優先した形だ。

「配慮」と「公平性」の狭間で――問われる今後のルール作り
政治学が専門の拓殖大学・丹羽文生教授はこの対応に対し、一定の理解を示しつつも、選挙の公平性の観点から警鐘を鳴らす。

「候補者と有権者が接触する機会が大きく減少してしまう可能性がある。前回の選挙では制限がなかったことを踏まえると、選挙ごとに運用が変わることは公平性への疑念を生む恐れがある」
当落に直接影響したとまでは断言できないものの、有権者の3割以上を占める仮設住民へのアプローチが制限されたことは、選挙結果の行方を左右しかねない重要事案である。
「被災者への配慮」と「選挙の公平性」をいかにして両立させるか。
能登半島の被災地では、今後も地方選挙が控えている。今回の珠洲市長選が残した教訓をもとに、現場の混乱を防ぐための具体的かつ明確なルール作りが急務となっている。

