京都府宇治市で、ある虫の大群が現れています。その虫の名前は「トビケラ」です。
川沿いの木々を覆うように飛び交うその虫を前に、観光客は「来てほしくない」「不気味」と声を上げ、地元の人は「ベンチの下が絨毯みたいになっとる」と苦笑します。
しかし、取材を進めると意外な事実が。「ホタルよりもきれい好き」で、「水をきれいにする力」も持つといいます。その生態を取材しました。
■観光客「過去最多620万人」宇治に虫の大群
「お茶のまち」として知られる宇治市は今、かつてない活況を呈しています。
近年の抹茶ブームによるインバウンドの増加に加え、おととし開業した「ニンテンドーミュージアム」も人気を集め、去年の観光客数はおよそ620万人と過去最多を記録しました。
老舗茶店「中村藤吉本店」の副店長は、「宇治全体が今、活気があって賑わっている」と話します。
アメリカからの観光客は「抹茶のために来た」、シンガポールからの観光客は「ニンテンドーミュージアムのために来た」と口々に語り、宇治ブームの広がりは国内にとどまりません。
そんな活気あふれる宇治で、いま「虫の大群」が街を揺るがしています。
■「視界が全部、虫」何が起きているのか
今月、取材班が市内を流れる宇治川の近くを歩いてみると、20メートル先からすでに異変は見えていました。
「虫の大群が20メートルくらい離れた距離でもわかります。視界全部、虫って感じですね」と言葉を失った記者。
木々の周りをおびただしい数の虫が飛び回る光景に、観光客たちも思わず足を止めました。
観光客からは「来てほしくない」「わー、ヤバイなこりゃ」「なんか悪いことが起きそう」といった声が相次ぎました。
地元の人からも「邪魔になるくらいいっぱい。口開けて走ってたら口の中に入ってくる」「昔から橋を渡ったら虫だらけ」という証言が聞かれ、最近始まったものではないことがわかります。
■虫の正体は…「トビケラ」
取材班が訪ねたのは、河川の生態系に詳しい京都大学防災研究所の小林草平准教授です。
撮影した動画を見せると、小林准教授は「トビケラという虫です」とすぐに答えてくれました。
トビケラは川の近くに生息する昆虫で、大群となるのは夕方以降がピーク。小林准教授が宇治市と共同で設置しているカメラには、夜の闇に浮かぶ無数のトビケラの姿が記録されていました。
この現象は、どこでも起きるわけではありません。
「日本全国で比較しても、(宇治川周辺は)トップクラスの川だと思います」と小林准教授は言います。
■「宇治川の石に秘密が」理想的な環境が生む爆発的な増殖
なぜ、これほど多くのトビケラが宇治に集まるのでしょうか。その背景には、宇治川特有の環境がありました。
宇治川の上流にはダムがあり、細かな土砂などがせき止められています。そのため川底には大きな石だけが残り、トビケラが巣をつくりやすい環境が整っているのです。
小林准教授が実際に石を拾い上げると、裏側にはトビケラの巣と幼虫の姿がありました。
【京都大学防災研究所 小林草平准教授】「これがトビケラの巣ですね。中に幼虫いるか見てみます。あ、いますね。これがトビケラの幼虫ですね」
さらに、琵琶湖から流れてくるプランクトンの影響でえさも豊富です。トビケラにとって宇治川は、食事とすみかがそろった「理想の環境」といえます。
その密度は想像を超える数です。
「1平方メートルあたりに虫どれぐらい住んでますかっていう言い方をするんですけど、多分数にすると1万とか」と小林准教授は話します。
■「刺しもしないし、毒も持ってない」実は無害な虫
大群を前にすると誰もが恐怖を感じますが、実はトビケラは多くの「誤解」を受けている虫だといいます。
小林准教授は「害はないですね。刺しもしないし、毒も持ってないし」と明言します。農作物を食べることもありません。
さらに、「水をきれいにする力」を持っているというのです。
「きれいな水」といえばホタルのイメージが浮かびますが、「トビケラはホタルよりもきれいな川に住む」と小林准教授は言います。
ホタルよりも「きれい好き」な虫。それがトビケラなのです。
ただ、ホタルとのイメージの差は歴然としています。
京都市内で行われたホタルのイベントでは、見物に来た人が「癒されます。きれいです」と笑顔を見せ、子どもたちも「きれいきれいきれい」と歓声を上げていました。
一方、トビケラに対しては「みんな嫌がってます」「自分が学生の時から飛んでて……」という反応が続きます。
■宇治市ではそんなトビケラのイメージアップに向けた取り組みも
少しかわいそうにも思えてくるトビケラ。宇治市ではそんなトビケラのイメージアップに向けた取り組みが進められています。
宇治市環境企画課の永池考二課長は「害がない虫なんだよというところを、まずは知っていただきたい」と話します。
その一環として作られたのが、「おおきにトビケラさん」プロジェクトによる漫画です。大学生が制作したこの作品は、トビケラが苦手な男の子と、その誤解を解こうとする女の子のストーリーです。
漫画のキャラクターの少女はこう語ります。
「トビケラがいる川は綺麗である証明になるんだよ。そんな場所に住んでるからこそ。トビケラにおおきにって言える世界になったら素敵やと思わへん?」
これを受けた少年は「俺…トビケラへの意識、変えてみようかな」とつぶやきます。
■「役割があることを理解してもらえれば」専門家
小林准教授は「“好きになれなくていい。ただ、その役割を少しでも知ってもらえれば”…」と話します。
【京都大学防災研究所 小林草平准教授】「実は私、息子がすごい虫嫌いで、一緒にここ歩くと騒いで大変なんですけど。『かわいい』『かっこいい』とか、ホタルみたいに『きれい』とかじゃないと難しいけど、役割があることをもうちょっと理解してもらうといいのかも」
トビケラの存在を「宇治川がきれいな証」として受け入れる視点が、観光地としての宇治の新たな魅力につながる可能性もあるのかもしれません。
(関西テレビ「newsランナー」 2026年6月16日放送)
