43人が犠牲となった雲仙・普賢岳の大火砕流から6月3日で35年です。
島原市の中学校では追悼集会が開かれました。
普賢岳にほど近い島原市立第三中学校です。
午後3時ごろから大火砕流の教訓を学ぶ追悼の会が開かれ、全校生徒175人を前に雲仙岳災害記念館の館長・杉本伸一さんが講演しました。
杉本さんは災害当時、島原市の職員として最前線で被災者の対応にあたりました。
雲仙岳災害記念館 杉本伸一 館長
「火山のふもとで暮らしているという認識も不足していた」
「全く予定していないことが出てきたときに対応が難しく、人的・物的にも多くの被害を出してしまった」
「(大切なのは)火山を知るということ」
第三中学校は当時、学校が避難区域内に入ったため、生徒たちは仮設校舎での生活を余儀なくされました。
学校では「災害・防災」への理解を深める学習が続けられていて、生徒たちは5月16日、北上木場地区で行われた慰霊の清掃活動にも初めて参加しました。
清掃にも参加した生徒会長・林裕志郎さん(14)
「自分たちが経験したことではないので完全に理解はできないけど、災害の恐ろしさを次の子供たちに伝えて人が亡くなることがないようにしていきたい」
講演のあと、生徒たちは学校の隣にある復興祈念公園で追悼集会を開き、犠牲者に黙とうを捧げました。