楽曲のリズムやテンポを刻む、バンドの土台ともいえるドラム。色や光を全く感じられない全盲ながら約40年、ドラムに心血を注ぐ唐津市のドラマーを取材しました。
互いが奏でる音を聴き合い、即興演奏を楽しむセッション。
各々が思い思いに音楽に乗っていく中、軽快にリズムを刻むこのドラマーの男性・・・実は、視力はもとより光を感じることもできません。
白杖とスマホアプリの音声案内を頼りに歩いているのは唐津市に住む、鍋島敏明さん。
鍋島さんは未熟児網膜症という病気により生まれながらに目が不自由で、高校生になるころにはまったく見えなくなってしまったといいます。
現在は1人暮らしで、食事も自分で用意しています。
この日の昼食はうどん。食材や調理器具などを普段の感覚を頼りに手探りで、しかし慣れた手つきで用意していき調理を進めます。
【鍋島敏明さん】
「炒め物も煮物も自分なりにやっちゃうっていうか。昔、視力障がい者の料理教室というのがあってそこに見学に行ったりというのもありましたね」
鍋島さんは3年前までマッサージ治療院を営んでいましたがコロナ禍の影響などで廃業。
今は、11歳のころから始めたというドラム一筋の生活です。
昼食を終えた鍋島さんはパソコンと向かい合いました。
音声のガイドに従って操作しながら、キーボードを叩いていますが・・・。
【鍋島敏明さん】
「作りかけている曲を少しずつ新しいものを打ち込んでいこうかな、ということをやっていたんですね。耳で感じたものを入れていくという感じで」
目が見えない鍋島さんは譜面を読むことができませんが、耳で感じたフレーズをパソコンに繋いだキーボードで打ち込みながら作曲活動を行っています。
何度も聴き直しながら1小節ごとに少しずつ作り上げていき、気に入ったものは実際にドラムを叩いて練習します。
もちろん、毎日の練習は欠かしません。
手と足の動きを確かめる基礎練習を行ってから演奏へ。
演奏しているのは、「Takeawalk」、鍋島さんのオリジナル曲です。
翌日、鍋島さんの姿は小城市の牛津赤れんが館にありました。
月に1度開かれる『牛津ジャズセッション』。
ジャズを広く、気軽に楽しんでもらおうと地元の有志などによって10年前から開かれていて、鍋島さんも3年ほど前から参加しています。
ホストバンドの演奏の後、セッションへ。
会場を訪れた人たちでメンバーを入れ替えながら即興演奏を楽しみます。
鍋島さんの番で始まった曲は・・・ジャズの大定番、「A列車で行こう」です。
スティックを握らない日はないという鍋島さんにとってドラムとは何かを尋ねてみると・・・。
【鍋島敏明さん】
「私にとっては生きる、自分の命を支えてくれる生きがいの楽器と思っております。レコーディングとか参加できるバンドとかあったら最高ですよね。そういう風に目標を掲げていきたいと思っている」