玉栄丸爆発事故から81年 「関係のない人たちの命を奪う」 当時小学3年生が語る事故の記憶

未曾有の大惨事から81年。
「関係のない人たちの命を平気で奪う」と、当時小学3年生で事故を体験した人物が語る言葉は、今も重く胸に響く。

事故発生時刻に合わせ黙とう 遺族らが静かに祈り

令和8年4月23日の朝、鳥取・境港市は冷たい雨に包まれていた。

爆発事故が起きたとされる午前7時40分に合わせ、玉栄丸慰霊碑への献花式が執り行われた。
遺族をはじめ地元自治会や市の職員など約60人が参列し、それぞれ静かに手を合わせて犠牲者の霊を慰めた。

献花式に参列した遺族や地元住民たち
献花式に参列した遺族や地元住民たち
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終戦間際の惨事…街3分の1が焼失 火薬荷揚げ中に起きた爆発

玉栄丸爆発事故が起きたのは、昭和20年4月23日のことだ。

終戦まであと4か月を切った時期、陸軍の徴用船だった玉栄丸は、境港の大正岸壁で火薬類の荷揚げ作業中に突然爆発。
120人もの犠牲者を出し、当時の境港市の3分の1が焼失するという大惨事となった。

水際に沈む玉栄丸
水際に沈む玉栄丸

「戦争のない世界を」 爆発事故を体験した男性が子どもたちへ訴える平和への願い

事故当時、小学3年生だった遠藤量さんは「関係のない人たちの命を平気で奪うという社会情勢が残念でなりません。戦争のない世界をつくりたいという思いを子どもたちや社会に訴えたいです」と語り、あの日の記憶を今も胸に刻んでいる。

81年という歳月が流れた今、当時を直接知る人はますます少なくなっている。
それでも遠藤さんの言葉は、記憶の継承がいかに大切であるかを静かに、しかし力強く訴えている。

玉栄丸慰霊碑
玉栄丸慰霊碑

記憶をつなぐ、平和への誓い

参列者たちは式を通じて、記憶と記録を次の世代へ伝えていくことを改めて確認し合い、平和への誓いを新たにした。

地域社会に深い傷跡を残したこの事故の教訓を、境港市は毎年の追悼式という形で風化させることなく後世へと引き継いでいる。

玉栄丸慰霊碑への献花式
玉栄丸慰霊碑への献花式
TSKさんいん中央テレビ
TSKさんいん中央テレビ

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