今年は災害関連死ゼロを目指し、避難所のあり方を考えます。
100年以上前から変わっていないと言われる災害時の避難所。
雑魚寝に象徴される過酷な避難生活が、助かった命を奪う「災害関連死」の要因の一つとされていますが、なぜ、環境改善が進まないのか。
日本の防災100年の課題について考えます。
今から103年前に起きた関東大震災。
犠牲者が10万人を超え、近代日本の災害史上、最も大きな被害がでました。
この時、撮影された一枚の写真が残っています。
倒壊を免れた寺の本堂に地震で助かった人たちが身を寄せ、所狭しと布団を敷き詰めて夜を明かした避難所です。
*石破茂前総理大臣
「避難所、能登半島、101年前の関東大震災の時と変わらない。体育館で雑魚寝、そのような事は先進国において日本だけ」
防災庁発足の立役者石破茂前総理大臣。
関東大震災から100年経っても雑魚寝が変わっていないと怒りを露わにして指摘したのが避難所の環境です。
避難所の環境が大きく問題視されたのが1995年の阪神・淡路大震災。
過酷な避難生活が体調の悪化を招き、直接的な犠牲を免れながら亡くなる被災者が続出。
災害関連死が定義されたのがこの地震でした。
*石巻赤十字病院(当時) 植田信策医師
「静脈に血栓、血の塊ができるのは雑魚寝で(発症率が)高くなる。ダンボールベッドで寝た方がいいというのは、はっきりしている」
東日本大震災を機にダンボールベッドの活用が始まりました。
しかし、10年前の熊本地震では災害関連死が犠牲者全体の8割を超える事態に…
そして、おととしの能登半島地震。
避難所を見てみると…。
雑魚寝が続いていました。
*珠洲市で医療支援にあたった石巻赤十字病院(当時) 植田信策医師
「土足のまま(入る避難所で)雑魚寝している人がいっぱいいた。基本的に変わっていないことがショックでした」
東日本大震災、そして、能登半島地震の避難所で医療支援にあたり、現在、日本赤十字社の参事監を務める植田信策医師。
ダンボールベッドの導入に時間がかかったわけをこう分析しています。
*日本赤十字社 植田信策参事監
「政府はプッシュ型支援で石川県庁にダンボールベッドを送ったが、経験がない市役所、町役場にとっては物が届いてもどうしていいか分からない、経験していない人たちにやってと言っても難しかったのが現状」
被災した自治体が担ういわゆる「公助」には限界がある、これまでの大規模災害で繰り返されてきた避難所運営のあり方を根本的に問い直す実験が始まっています。
*避難所・避難生活学会 水谷嘉浩代表理事
「TKBのT、一番前に来るのがトイレ」
TKB48、トイレ、キッチン、ベッドを48時間以内に被災地以外から運び込んで展開する「ユニット型避難所」です。
災害時、最前線で対応にあたる市町村の負担経験につながると避難所・避難生活学会が提唱しています。
*避難所・避難生活学会 水谷嘉浩代表理事
「法律では被災した自治体が住民支援をしないといけない、被災者が被災者を支援している。そうではなくて富山で災害が起きれば新潟、長野から(支援者が)来ればいい。自分たちが自分たちを、被災者が被災者を助ける構造をやめないと自治体間格差、避難所間格差は無くならない、避難所”ガチャ(格差がある状態)”になっている」
富山大学大学院で(危機管理医学・医療安全学)医学博士の学位を取得し、内閣官房、防災庁設置準備室のアドバイザーを務めた石井美恵子教授。
変わらない避難所の要因について、政府の取り組み不足と被災者と成りうる国民の危機感の薄さを指摘します。
*国際医療福祉大学大学院 石井美恵子教授
「政府が公衆衛生上、問題無い環境で生活できるようにしなければいけない。これを求めること、みんなが声を上げていかないと、いつか自分も被災者になるかもしれない、自分ごととして声を上げていかなければ」
*石破茂前総理大臣
「災害関連死は人災。災害で直接死んだ人より生きながらえた、その後、トラブルがあって亡くなった、人災。誰の責任だと言えば、環境を整えなかった行政の責任。人権の侵害、人命が失われるのを行政の不作為で起こしてはならない」
先月、国会で、今年発足する防災庁設置法案の審議が始まりました。
災害大国日本で100年変わらないとされてきた雑魚寝の環境を改善し、災害関連死の防止を含め、どう国民の命を守っていくか。
この国の根幹が問われています。
*高市早苗総理大臣
「全国どこで災害が起こったとしても被災者のニーズに沿った快適な避難環境を実現するようあらゆる可能性を排除することなく柔軟に取り組む」
雑魚寝を解消するダンボールベッド一つをとっても困難さが浮き彫りとなっているのが避難所です。
制度上、その運営は被災した住民が担うことを考えても他人事ではありません。