対談:
津田淳子(『デザインのひきだし』編集長)× 塩谷嘉章(アートディレクター/株式会社SHIOYA Tokyo 代表)
なんだ、これは!と思って。――2021年に刊行された『ディテール9月号別冊 Contemporary Surface Design and Technology』(以降『ディテール別冊』)を手にしたときの第一印象を、『デザインのひきだし』編集長の津田淳子さんはそう語る。
建築専門誌の別冊号として制作されたこの本は、一般的な書物とは少し異なる佇まいを持つ。表紙ではなく、本文そのものの印刷表現によって、ページをめくるたびにインキによる異なる質感が現れる。
本対談では、この一冊の制作過程を手がかりに、印刷の質感がどのように立ち上がるのかを考える。インキの選択やテスト印刷による実験。試行や判断や経験の積み重ねによって生まれる印刷表現とは何か。デザインと印刷、そしてモノづくりの在り方について、デザイナーの塩谷嘉章さんと言葉が交わされた。
インキがつくる新しい質感
塩谷:まず、なぜ『ディテール別冊』を『デザインのひきだし45』の表面加工特集で取り上げようと思ったかみたいなところについて、津田さんにちょっとお伺いできればと思います。
津田:今はオフセット印刷というものが標準的に使われていて、印刷の後に色んな機能を求めて、上から何か「ニス」を塗ったりとか、「フィルム」を貼ったりとか、加飾するために派手なものを入れたりとか、そういうのを「表面加工」って呼びます。本だとやっぱり汚れないようにとか、丈夫なようにとか、割とカバーに「PPフィルム」っていうものを貼ることが多いんですけど、良し悪しで全部紙の良さが消えてしまうではないかとか、でも強くていいではないかとか、色々なことがあるので特集しました。
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『デザインのひきだし45』(グラフィック社)と『ディテール別冊』(彰国社/編著:押野見邦英、写真:中道 淳、編集協力:AGB)
表面加工は、表に出ているところにすることが多い加工なんですが、この『ディテール別冊』については、本文っていわゆる「ページの中」にそういうものがいっぱい入っていて「なんだ、これは!」と思って。コストや手間の問題もあるし、本の外側じゃなくて、内側の部分にそういう加工を施すことは、すごくめずらしいなぁと思って、これはどうしてこんなことをやったのか、話を聞いてみたいと思ったのが発端ですね。
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塩谷:『ディテール別冊』のインキの話をすると、モノクロなんですが、4種類のインキを使っています。東京インキのスリーエイトっていうすごく濃く出る黒のインキと、グレーの特色と、ハイグロスOPニスっていう透明でツヤが出るインキと、あとマット墨っていう、黒なんだけどマットに出るインキを使っていて、その4色で構成しているのが特徴です。津田さんは、この本に「ニス」を使っているから「表面加工」で取り上げてくださったと思うんですけど、ぼくの中では、本文の「ニス」は表面加工っていうイメージじゃないんですよ。
モノクロ表現の中でどういう新しいチャレンジができるのか、インキの持つ新しい可能性にちょっとトライしてみたみたいなところがあるんですね。で、4色って申し上げましたけど、通常のカラー印刷だとCMYKの4色なので、同じ機械でいける、ワンパス(印刷機に用紙を一度通すのみ)でいける、というのもあって、それだったら許容されるかなと思って。まさに『デザインのひきだし45』のインタビューの中では、よくこれ(この印刷プランを)どうやって通したんですか?って、津田さんに聞かれて…
津田:版元(出版社)さんとかに、そういう特別なCMYKではない4色の話をしても、けっこうダメって言われちゃう場合も、いっぱいあるだろうと思うので。だから、編集部とか、みなさん心が広いなぁと思って観ていました。
塩谷:(笑)。案外そこはまったく反対なく、スッと(通りました)。カラーと(色数は)同じなんで、みたいな。4色でいきましょうと。
津田:でも校正とかも、普通にプリンターで出したり、PDFで見てたりしても、確認しづらいじゃないですか。デジタルでデータを作るようになってから、画面で見たものと印刷したものが、色がほぼ一緒だと。厳密には違うんですけど、でも画面やプリンターでも(印刷の仕上がりが)見える、というのが今の割と標準だと思うので、こういう風にちょっとスペシャルなインキを使って、印刷すると透明のツヤになるんですよとか、ツヤのない墨になるんですよって言われても、慣れてる人じゃないと関係者の方々も分かりにくいだろうなと思います。
塩谷:入稿用に書き出した時だけ印刷用の版が出力(CMYKへ分版)されるように、その都度InDesignで設定できるので、一応(画面やPDFでも)なんとなくのシミュレーションができて、(質感以外は、ある程度のイメージの共有として関係者の校正にも)出せる。
一方で、InDesignには分版プレビューという機能があって、(それぞれのインキが)何%何%何%って出てくるじゃないですか? 基本的には、あの%を元に(実際の印刷の仕上がりを)脳内で構築していくというイメージです。
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津田:アナログ時代は手書きで指定をして、それを色校正(テスト印刷)で初めてその色が見えるという仕組みだったから、昔のデザイナーは頭の中で構成していたと思うんですけど、今は画面で見えるようになっちゃっているから、あんまりそれをしなくなっていると私は思っていて。でもこういうニスのような透明のものとか、金銀みたいなものとかはプリンターとかモニターで見れないから、結局頭の中でシミュレーションして、ここはこうなるなって考えてデータを作るしかないじゃないですか。
(塩谷さんくらいの年代の)最初からデジタルでデザインを始めている方々は、割とこういう印刷技術をうまく使って、それをデータとか画面とかプリンターでは見えないものを頭でシミュレーションしながら作るってなかなか苦手な方が多いだろうなと思うので、その点でこの『ディテール別冊』は、アナログ時代にやってきた方かのような誌面だったので、それも正直驚きでした。
刷ってみないとわからない
塩谷:本番の色校正を取る前に、テスト校も取っていて。微妙な違いなので、映るかな?
津田:あ! 全然違いますね。
塩谷:これは、スリーエイト(濃い墨)の上に、マットニスをかけてみたんですよ。マットの黒じゃなくて、マットのコーティング。ぼくとしては、断然マット墨の方がいいなと思って、マット墨でいこうと。
ちょっと、汚れとか乾きの問題とかも心配でテストをしてみたんですけど、津田さんから見てもやっぱり違いますか?
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『ディテール別冊』の色校正(上/マット墨)とその前に行ったテスト校(下/特墨+マットニス)の比較
津田:印刷に携わってる者からすると、まず黒の色相の感じがまったく違うのと、マット感がもう、だいぶ違うなっていうのは、思いますね。
塩谷さん、マット墨大好きなんだと思うんですけど、私の友達で大島依提亜さんっていう、映画とかのパンフレットやポスターなどをいっぱいやってるデザイナーがいて。彼も印刷が大好きで、よくご飯を食べながら印刷の話ばっかりしてるんですけど、ある勝負をして。大島依提亜さんも、マット墨、マットなツヤ消しの墨が大好きで、いつもそれを使いたがるんですよ。でも、私は「いやいや、普通の墨を刷って、上からマットニスかけた方がマットだよ」ってずっと言っていて、大島依提亜さんは「いや、マット墨の方がマットだ」っていう戦いを繰り広げてて、ある時に決着をつけるためにテストをしたんですよ。
私はズルいから、マットニスを2回とか3回重ねてマット感を強めてやるぜ!と思って、テストをしたら、もうね、圧倒的にマット墨がマットでした(笑)。で、めちゃくちゃ、それ以来、俺が勝ったって、いつもイデちゃん(大島依提亜さん)に言われて。
私は強欲なんで、いつもインキをもう印刷機にできるだけ盛ってくれって言って、濃く出したい、インキを(紙に)たくさん乗せたいって気持ちがすごくあって。なので、マットな質感のニスもたくさん盛ってもらって、それも2度3度刷ったら、相当マットになるだろうと思ったら、マットニスの上にマットニスを刷り重ねたら、ツヤが出ました(笑)。
塩谷:それワンパス(印刷機に用紙を一度通すのみ)ですか? 乾かして3回通したみたいな?
津田:乾かしてです。色校正機(平台校正機)でやってるんで、他にもいっぱいテストをつけてたのでもっと通してるんですけど、でも、1回刷って、乾かしてもう1回刷ったら、もうすっごいマットになると思ったけど、逆にツヤが出て。
それは言ってみれば「バカじゃん」っていう実験なんですけど、でも、印刷って、やっぱり刷ってみないとわからない部分が本当にたくさんあって…
塩谷:ほんとそう。
津田:だからこそ、こういうテストは本当に大事で。墨を刷った上にマットなニスをかけるのと、マット墨っていう、マット粒子がもともと入ってるインキで刷るのなんて一緒じゃない?って思ったりすると思うんですけど、でも刷ってみるとこんなに違うとか!っていうのは、やっぱり実際に印刷すると「物質感」が自分の頭の想像とだいぶ違うものが出てくるし。それは読者の方にも(印刷の専門的なことは)わからなくても伝わると思うので、印刷再現するっていうのはすごい重要なことだし、そこを私はおろそかにしたくない、みたいにいつも思いますね。
真っ白の表紙の正体
津田:あとこれ(『デザインのひきだし53』)、画面で映るとただの真っ白い表紙に見えてると思うんですけど、実際には質感が違う部分が4つの質感あるっていうものなんですね。ちなみに何で構成されてるかわかります?
塩谷:これニスじゃないですか? 紙の質感も入れて? これでもなんだろう? でもちょっとグロス感が違いますね。あ、マットも入ってますね。マットニスとグロスニスと…黄色いのはなんだろう? パール(インキ)ですか?
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『デザインのひきだし53』(グラフィック社)の表紙。画面で見ると真っ白だが、4つの質感で構成されている
津田:実際は、これマットは入ってないんですよ。白インキ(白オペークインキ)なんです。黄色っぽくなっているところは、パールに見えるんですけど、グロスニスにイエロー1%です。
塩谷:アミ(網点)で1%入れてる?
津田:いや、インキに混ぜてます。最初にイエローを2%入れてもらったら濃くて、じゃあこれ1%がいいのか、0.5%がいいのかみたいなことは、実際のテストでは、この表紙の絵柄を刷るんじゃなくて、チップみたいなものでテストしてもらって。
この表紙も質感の違いとかは、今皆さんに画面通してみると真っ白で何にも分かんないんですよね。
誌面をコラージュして空間へ
塩谷:津田さんも宇野亞喜良さんの画集と展覧会に携わられたと思うんですが、この『ディテール別冊』でも、本の刊行と同時ではなかったんですけど、1つのプロジェクトとしてアクシスギャラリーで展覧会をやったんです。展示パネルは、1つが3m×2m。3対2って普通の写真が綺麗に入るプロポーションなので、意外とレイアウトが難しくて。もともとの方針であった『ディテール別冊』から中から要素を抽出してレイアウトしていくっていうことが、上手くいかなくて。それで、この見開き自体を一つの画像として捉えて、それをコラージュしていったという感じなんですね。
津田:あ!そうか。1枚にいくつものページが見開きが入ってることなんですね。なるほど、なるほど。すごい活かしてる、この誌面データを。
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Contemporary Surface Design and Technology展(AXIS Gallery/監修:押野見邦英、写真:中道 淳、主催:AGB)
Photography by Nakamichi Atsushi (Nacasa & Partners)
塩谷:先ほど申し上げたように横幅3m×縦2mで、1m×2mのアルミ複合版の既製品があるのでそれを3枚連結しているんですけれど、ちょうど目地が2本入るわけですよ、1m毎に。一つの見開きを2mにすると真ん中がちょうどノドのところにくるんですね。ノドをどう通すかも、誌面のデザイン時に考えてあるし、例えば、ここ(見開き)を2mと決めたら、写真の大きさが勝手に決まるわけですよ。
津田:それに、実際に誌面のレイアウトするときも大きく見せたいものは大きくなっているっていう、もうそこで(誌面デザイン時に)考えられたレイアウトになっているからってことですもんね。
まさかの最終号予告⁉
津田:『デザインのひきだし』って、こんなニッチな内容でネタ切れしません? みたいなことをよく言われるんですけど、毎号校了してから二日が三日すると、急にあの特集やろうって決められるんですよ。
だけど、これが出てこなくなって、無理やりこれ売れるからやろうみたいになったら、その態度が読者にバレてみんな買ってくれなくなるんじゃないかと思ってるんで、そういう風にぱっと浮かばなくなった時がやめどきだなと思ってて。あとは、当然ながら売れなくなったらやめるっていうこと。それともう一個は、ここ1、2年くらいで色々な手加工みたいなことがもう日本でできなくなってきちゃっていて、物理的に作れなくなるっていう、その3つが『デザインのひきだし』の最後だなと思ってて。
まだ、それ自分の中では来てないんで、続いてるんですけどでも、それのどれかが来た時に「最終号」とは書かないんですけど、書店さんとか読者の皆さんが「これ最終号だ」ってわかることをしようと思ってて。
『デザインのひきだし』は、本文紙の種類とか挟まってるサンプルの量で毎回厚さが違って見えるんですけど、毎号必ず160ページなんですね。今は、普通の一般的な厚さの紙を使うとだいたい厚さが12mmくらいなんです。それをオフセット印刷ができる一番薄い紙でやると大体(厚さが)1.2mmになるんです、同じ160ページで。
なので、1.2mmの厚さの『デザインのひきだし』が出たら最終号だと思ってくれと、書店さんや友達には言っているので、これを観ている方も、もし書店のデザイン書コーナーで、薄っ! ていう『デザインのひきだし』があったらそれが最終号だと思ってください。もう、ぺらっぺらっな『デザインのひきだし』の最終号が出ます。
塩谷:今日は『デザインのひきだし』編集長の津田淳子さんをお招きして、長い時間お話をさせていただきましたが、なかなかね……視聴者の方にはどの程度伝わるのかわからないような部分もありましたが、興味のある方はググりつつ観ていただけたらなという感じで。非常に貴重な時間をどうもありがとうございました。
津田:ありがとうございました。
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プロフィール
津田淳子/Tsuda Junko
『デザインのひきだし』編集長。1974年神奈川県生まれ。編集プロダクションでDTPに携わった後、出版社を経て、2005年にグラフィック社に入社後、2007年に『デザインのひきだし』を創刊。出版不況と言われ、特に雑誌の売り上げが低迷している中でも『デザインのひきだし』は毎号、発売してはすぐに完売する。紙の種類や製造工程や加工、印刷技術などについて徹底的にリサーチし、追求し続けている。
塩谷嘉章/Shioya Yoshiaki
アートディレクター/グラフィックデザイナー。1987年東京生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。東京藝術大学大学院美術研究科デザイン専攻修了。修了後フリーランスを経て、2018年より株式会社 SHIOYA Tokyo 代表取締役。2017〜2023年建築雑誌『ディテール』アートディレクター(212号~236号)。近年は、アートディレクションやデザインだけでなく、企画・編集や映像制作などの領域を横断した活動にも携わる。
動画撮影・編集:金田幸三
動画撮影アシスタント:宮澤 響
企画:AGB(旭ビルウォール)
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