東京のスタートアップが着実に増えている。東京都は、東京発ユニコーン(設立から10年以内で評価額10億ドル・約1600億円を超える未上場企業)の数、起業数、都とスタートアップの協働実践数を5年で10倍にする「10×10×10」の目標を掲げてきた。中間地点にあたる2024年度時点では、官民協働で生まれたスタートアップ創出数は600社から770社へと伸びている。
起業を目指す若者たち
その背景には若い世代の意識の変化もある。
日本政策金融公庫の2024年度「起業と起業意識に関する調査」では、起業家、パートタイム起業家ともに、起業時の年齢で最も多かったのは「29歳以下」だった。
さらに、起業に関心がある層のうち、「10年以内に起業する」と「いずれは起業したいが時期は未定」を合わせた割合は49.9%にのぼる。若者の間で、起業はもはや特別なものではなくなりつつある。
海外スタートアップは9000億円で売却
フィンランドで生まれたスタートアップであるフードデリバリーサービス「WOLT(ウォルト)」は、2021年11月には80億ドル、当時のレートにして約9000億円で売却された。
このWOLTの“生みの親”ともいえるスタートアップイベントの主催者に直接取材し、“超高額”な売却額の感想を求めたところ「いまはWOLTが一番(売却額が)高いけれど、もっと高いのがでるわ」と、こともなげに言い放っていた。そのくらい、海外のスタートアップは“小さく生んで大きく育てる”が現実に行われている。
一方で、日本では2020年から2024年に起業した「起業家」の64.5%が月商50万円未満で、パートタイム起業家では90.2%に達しており、起業から一気にスケールアップする企業はまだ限られている。
日本発「フィジカルAI」の強み
そうした中で、次の成長分野として存在感を増しているのが「フィジカルAI」だ。
フィジカルAIとは、AIがデジタル空間だけでなく、ロボットや自動運転車などの“体”を通して実際に行動する技術のことである。ヒューマノイド(=人型ロボット)が現実世界で能力を発揮するために最も重要な技術であり、米中の覇権争いは激しさを増している。
一般社団法人AIロボット協会(AIRoA)理事長/早稲田大学理工学術院基幹理工学部表現工学科教授の尾形哲也氏は、日本の強みと課題について「日本には、長年のロボット研究の蓄積に加え、研究・産業界・現場をつなぎながら、若い世代が挑戦できる強みがあります。一方で、フィジカルAIでは、それを実世界で人の役に立つ形まで速く実装することが課題です」と指摘する。
“日本発”が「キャスティングボードを握る」
「弊社は世界のフィジカルAI競争のキャスティングボードを握れると思っています」
こう話すのは、日本発フィジカルAIのスタートアップ、ドーナッツロボティクスの小野泰助社長だ。
ドーナッツロボティクスは、2026年1月に日本ブランドのヒューマノイド「cinnamon 1」を発表した。これは、二足歩行の量産型ヒューマノイドで、ジェスチャーで操作できる特許技術も搭載している。
そして、4月27日には「cinnamon mini」を発表する予定だ。
しかし、巨額の民間投資に支えられる米国とも、国家が総力を挙げる中国とも異なり、日本のスタートアップを巡る環境は厳しい。にもかかわらず、なぜドーナッツロボティクスは、こんなにも早く実装への道を歩めるのか。そこには、小野社長の「発想の転換」があった。
データ収集が最重要
「ヒューマノイドの機体はいずれどこでも作れるようになり、後から取り戻せます。ですが、データの遅れは取り戻せません。実機がなければデータ収集できず、フィジカルAIでは致命的な遅れとなります」
小野社長が開発当初、日本にヒューマノイドを量産できる工場や国産AIがなかった。このため、体となる機体を中国から調達し、頭脳部分は、アメリカのAIを基盤にしつつ、映像や音声を認識し行動につなげるロボット制御AI=VAL(Vision Language Action / 視覚と言語を理解し、行動に変換するAIモデル)を自社開発とすることを決断。そして、その自社製のVALに、日本の厳しい安全基準に基づく動きを覚えさせているという。
「工場でも建築現場でも、日本ほど安全基準の厳しいところはありません。それを覚えさせることができるのは、日本の圧倒的な強みです」
日本の工場や現場で学習したフィジカルAIは、「安全性が高い」と評価され得るという。また、中国製・米国製ロボットは政治・軍事転用リスクが警戒されやすいが、日本のロボットは「平和利用」を前提とする点も差別化できる要因だという。
世界的開発競争という時間との闘いの中で、もっとも重要な部分に注力し、代替できるものは外部から調達、そこに日本の安全基準と信頼を加えることで、優位性を保ち、世界的競争のキャスティングボードを握るー実現したら、まさに新たな“ジャパニーズドリーム”といえるのではないか。
フィジカルAIの国産化に必要な支援
小野社長は、将来的に機体もAIも国産化を見据えているが、その道のりは平たんではない。
日本では、介護や建設、工場分野でヒューマノイドの導入を後押しする支援は極めて限られており、大企業とスタートアップが実装を通じて結びつく仕組みもまだ発展途上だ。
東京では、スタートアップの数が増えている。若者の起業志向も確かに高まっている。だが、多くはまだ小規模で、世界で戦う企業へと育つには、なお大きな壁がある。
27日から都内で開催されるSusHi Tech Tokyo 2026は、世界中のスタートアップや投資家、大企業、大学をつなぐ国際的な共創の場とすべく、参加者が目的や関心分野を入力するとAIが相手候補を提案するビジネスマッチングなど新たな取り組みもあるという。
東京が「起業が増える都市」から「スタートアップが育つ都市」になることができるのか、行政側の施策の実効性と実装性が問われている。
(フジテレビ解説委員 小川美那)
