「つなぐ」ために磨く。ナノレベルの闘い
2025年11月、マイポックスは創業100周年を迎えました。次の100年、私たちが挑む中には「光」の世界があります。世界中を駆け巡る膨大なデータ。そのインフラであるデータセンターを支えているのは、髪の毛ほどの細さの光ファイバーが並んだ「MTコネクタ」です。このコネクタの小さな接続部には、技術者たちを悩ませる大きな「ナノレベルの壁」が立ちはだかっていました。
この壁を解決するカギとなったのは、意外にも、かつて私たちがハードディスクの製造工程で培った「ある研磨技術」だったのです。
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光を遮る「目に見えない空洞」
光ファイバーの接続は、用途によって様々な種類があります。データセンター等で使用されるMTコネクタは、12本から24本のファイバーが並びます。その先端を平面に磨き上げ、ピタリと合わせることでスムーズな通信伝送を実現します。
しかし、ここに矛盾が生じます。
つなぐために磨いているのに、磨くことで「コアディップ」という微細なへこみが生まれてしまうのです。ナノレベルのくぼみでも、光にとっては巨大な空洞。そこで信号が屈折し、データの伝送ロスが発生します。世界中のデータセンターで飛び交う情報量が爆発的に増える中、この「コアディップ」は大きな損失となります。私たちは、このナノレベルの壁を解決し、「理想的な端面」を実現するための開発に邁進しました。
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▲光ファイバーの先端。コアディップ(くぼみ)ができているのが確認できる。
ハードディスク研磨の技術を、光へ。
解決の糸口は、当社の歴史の中にありました。 1990年代から2000年代にかけて、私たちはハードディスク(HDD)のプラッタ(磁気ディスク)を磨く技術を磨き上げていました。極限まで繊細な記録レーンを守るため、強い力で削るのではなく、優しく撫でるように整える技術――それが「植毛研磨フィルム」です。
植毛研磨フィルムは、細かく柔らかい毛足が立っており、その一本一本に研磨材を塗布したものです。独特なブラッシング研磨することができ、追従性の高い高機能フィルムとなっており、当社が他社に先駆けて発売しました。
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▲光ファイバー研磨用植毛フィルム
「この柔らかさと強さは、光ファイバーにも通じるのではないか」
当時、光ファイバー研磨の主流はスラリー(液体研磨剤)でしたが、私たちはあえて、この異分野の技術である「植毛研磨フィルム」を持ち込みました。それは、常識への挑戦でした。
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▲植毛研磨フィルムは細かいパイルが立っており、その1本1本に研磨材がコーティングされている
柔らかさが生んだ「3つの革命」
植毛研磨フィルムの最大の特徴は、フィルム表面に植えられた無数の「パイル(毛)」です。この毛がクッションとなり、研磨の圧力を絶妙に分散させます。これが、光ファイバーのフィルム研磨に3つの革命をもたらしました。
1.理想的な「突き出し」
弾力のある毛が、光ファイバーを押し込みすぎず、わずかに(2〜3μm)突き出た状態で仕上げることを可能にしました。
2.「欠け(チッピング)」の抑制
研磨フィルムではファイバーの縁が欠けてしまいがちです。植毛フィルムでは、毛の柔らかさでカバーできるため、研磨フィルムと比較してチッピングが生じることが少なくなります。
3.「コアディップ」の制御
そして最大の難敵、コアディップ。私たちは植毛研磨フィルムと研磨装置の組み合わせを徹底的に研究し、へこみの深さを最小限にコントロールすることを可能としました。
かつてHDD研磨のために生まれた技術が、時代を超えて、「最先端の通信インフラを救う技術」へと進化した瞬間でした。
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▲コアディップがある光ファイバーの先端(左)とコアディップが改善されている先端
このように、植毛研磨フィルムの登場により、従来のスラリー方式に加えて「研磨フィルム」という新たな選択肢が生まれました。廃液処理の手間が少なく、環境負荷の低減や作業工程の簡略化にも貢献できるため、環境対応を重視するお客様や安定した研磨品質を求める現場のニーズに幅広く応えられるようになりました。
もうひとつの主戦場。「スラリー」開発に挑んだ若きエンジニア
先人たちが築いたこの強力な「礎」の上で、現代のエンジニアは何を思い、どう技術を拡張させているのか。その最前線に立つ開発エンジニア、川原に話を聞きました。
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▲エンジニアの川原。
ーー植毛フィルムが欧米でスタンダードになる一方で、グローバルに見ると、まだ解決すべき課題が残っていたそうですね。
環境配慮から「研磨フィルム方式」への移行が進む欧米に対し、アジアなどの一部地域では、依然として「スラリー」が根強く支持され続けています。理由はシンプル。スラリーでしか出せない、「独特の端面形状」があるからです。
マイポックスとしても、この技術へのニーズに応え続けなくてはなりません。しかし当時の炭化ケイ素系スラリーには、突き出し研磨をする際に「コアディップ」が発生しやすいという弱点がありました。
数ある光ファイバー向け製品の開発テーマの中で、この難易度の高い「スラリー開発」を配置換えでチームに合流したばかり、そして当時入社3年目の私(川原)が担当することになりました。
苦悩から救ってくれた同僚
ーー大抜擢ですね。期待とプレッシャーの中、開発は順調に進んだのでしょうか?
経験の浅い若手にも、こうした重要な製品開発のチャンスを任せてくれる。それがマイポックスの面白さであり、同時に大きなプレッシャーでもありました。
意気込んでスタートしたものの、現実は甘くありませんでした。 研磨力を落とせば、磨けない。逆に上げれば、コアディップが大きくなる。「あちらを立てればこちらが立たず」の板挟み状態で、開発は暗礁に乗り上げかけていました。
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そんな時、助け舟を出してくれたのは、隣でハードディスク(HDD)向けのスラリー開発を担当していた同僚です。「これを試してみて」と配合レシピ案を渡してくれました。分野は違えど、同じ「ナノ」の世界で戦うエンジニア同士。彼の着想から配合のヒントを得て、試作と評価を何度も何度も繰り返し、着手から約1年半、高い研磨力を維持しながらコアディップを劇的に抑制するスラリー「MT-PRO」が完成したのです。
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▲コアディップの発生を抑制するスラリー「MT-PRO」
先人たちが植毛フィルムの開発でHDD技術を応用したように、私もまた、HDD部隊の知恵に救われました。異なる知識・技術が交差し、互いに響き合う瞬間。これこそが、多種多様な「磨く」技術を持つマイポックスだからこそ味わえる、モノづくりの醍醐味なのだと実感しています。
脈々と受け継がれた「お客様に寄り添う開発姿勢」
ーーそうして生まれた製品でも、実際に現場へ導入するとなると、また別の難しさがあるとお聞きしました。
新しい製品の開発は、決して思い通りにはいきません。正直に明かせば、ラボで完璧な数値を叩き出した製品でも、お客様の現場に持ち込んだ途端、想定通りの結果が出ないことがあります。ナノの世界での研磨とは、それほどまでに繊細で難しいプロセスなのです。
使用する研磨機のメーカー、回転数、圧力。さらには、その日の工場の室温や湿度まで。たった一つの条件が変わるだけで、ナノレベルの仕上がりは大きく左右されてしまう。現場には、予想外の因子が多く潜んでいるのです。
だからこそ、私たちは「現場の再現」に執着します。私たちのラボを覗けば、様々なメーカーの研磨機が並んでいます。これらはお客様の環境をシミュレーションするためのもの。お客様ごとに異なる条件で、徹底的に検証を繰り返すための必須ツールです。
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答えが出るまでとことんやることで、信頼は深まる。
ーーラボでの再現にとどまらず、お客様との関わり方そのものにも「マイポックスらしさ」があるようですね。
営業だけでなく、もちろん私たち開発者自らもお客様に足を運びます。製品を一番わかっているのは、開発した者ですから。正直、かなり大変な仕事ですが(笑)。この「距離の近さ」こそが、私たちの最大の武器です。お客様と共に解決策が見つかるまで何度も検証を繰り返す。創業以来、私たちが受け継いできたのは、徹底的な現場主義です。しかし、そうして現場の声を真摯に受け止め続けることこそが、製品を「現場で活きる技術」へと鍛え上げていく唯一の道だと信じています。
私もこの姿勢を貫いてきたからこそ、今ではお客様の新しいコネクタの開発段階から、「どう磨けばいいか」と相談をいただけるようになりました。単なる「材料屋」ではなく、エンジニアリングのパートナーとして認められた。それが何より嬉しいですね。
光の道を、未来へつなぐ
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▲展示会での出展ブース
ーー現場から、そして未来へ。最後に、進化し続ける光ファイバー市場に向けた、これからの挑戦について教えてください。
私たちの挑戦は、まだまだ続きます。2025年9月に中国で開催された展示会では、新たに開発しているスラリーを紹介しました。これまで分かれていた「突き出し研磨」と「仕上げ研磨」を、たった1本のボトルで完了させるという画期的な製品です。
そして今、光ファイバーの世界は「マルチコアファイバー」という新たな次元へ突入しようとしています。1本の線の中に複数のコアを持つこの技術は、従来の単心とも多心とも異なる、新たな研磨技術を必要とします。
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▲マルチコアファイバーの断面イメージ図。クラッド(保護層)に複数のコアを配置する研究が進められている。
道が複雑になればなるほど、「磨く」技術の真価が問われます。 世界中のデータを、想いを、一瞬の遅れもなく届けるために。 私たちはこれからも、ナノの世界で挑戦を続けていきます。
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