特集は、『熊本地震から10年あの日を忘れない』。『南阿蘇鉄道の10年』です。

全線での運転再開までに7年以上の月日がかかりました。

〈廃線の危機〉を乗り越えたローカル鉄道、その軌跡と今を見つめます。

【ヘリ空撮 リポート】
「南阿蘇鉄道の立野駅と長陽駅間です。本来は正面に見える山肌沿いに線路が通っていましたが、その山肌ごと崩落しています。全く線路の形跡はありません」

あの日、南阿蘇鉄道は〈廃線の危機〉に立たされました。

【南阿蘇鉄道 津留 恒誉 社長】
「〈これはただごとではない〉と本当に愕然(がくぜん)とした」

【長陽駅『久永屋』久永 操さん】
「当初は〈絶対これは復旧できない〉と思った…。〈たぶん廃線になっちゃうんだろうなぁ〉と」

【立野駅前『ニコニコ饅頭』高瀬大輔さん】
「〈これからどうやって生活しよう〉ということが頭をよぎった」

1986年に旧国鉄・高森線を引き継ぐ形で開業した第三セクターの南阿蘇鉄道。

南阿蘇村と高森町を結ぶ総延長17.7キロのローカル線です。

地震とその後の大雨により線路の一部が流失するなど深刻な被害に遭い一時は全線で運休したものの、地震から3カ月半後に高森‐中松間で〈部分運行〉を再開。

それから7年後の2023年夏に全線再開を果たし待ちに待った〈完全復活〉に沿線が沸きました。

【南阿蘇鉄道 津留 恒誉 社長】
(Q、復旧への思いを突き動かしたものは?)「やはり鉄道という『歴史』。先人たちが苦労して手作業でレールを敷いてトンネルを掘って、鉄橋をかけて…と。そして観光路線としても人気を博していた。これは〈絶対に地元に必要〉という自信があった」

南阿蘇鉄道 津留 恒誉 社長。

後に『南鉄モデル』と呼ばれるようになった復興までの道のりについてこう振り返ります。

【南阿蘇鉄道 津留 恒誉 社長】
「継続して国または県に強力な要望活動をした結果、補助率のかさ上げによって国の補助が2分の1、地元が2分の1。実質2.5%が地元負担というスキームが制定され、復旧がかなった」

復旧工事にかかった費用は全体でおよそ68億円。

このうち9割以上を国が負担しました。

これは熊本地震を機につくられた新たな支援制度によるもので、南阿蘇鉄道は経営の安定化に向け『上下分離方式』を導入して再出発。

鉄道施設や土地は地元の自治体などでつくる『管理機構』が所有し、鉄道会社は運行業務に専念することになりました。

2024年度の乗客数はおよそ26万人と熊本地震前を上回る好調ぶり。(2015年度約25万7000人)

県立高森高校にマンガ学科が開設され通学の定期利用が増えたことや、人気漫画『ワンピース』による復興プロジェクトがにぎわいづくりに一役買っています。

〈列車が来なかった7年間〉を経験したからこそ気づいたことが…

【長陽駅『久永屋』 久永 操さん】
「震災前は〈当たり前〉だと思っていた。〈鉄道が走る〉ことが。でも陰でたくさんの人が整備してくれたり、時間調整してくれたり〈当たり前に走る電車〉が〈当たり前じゃない〉とやっと気づかされてより一層、愛着が増してきた」

【立野駅前『ニコニコ饅頭』高瀬 大輔さん】
「南阿蘇鉄道が再開するまではすごく長かった。いろいろな方に助けられた。あの時の自分に声をかけるなら『諦めなくてよかったな』と伝えたい」

【南阿蘇鉄道 津留 恒誉 社長】
「南阿蘇鉄道が前例として復旧制度を制定していただいて復旧できた。その制度をもって『くま川鉄道』も全力でやられている。だからこそ、これからも頑張らないといけない。安全を確保しながら安定経営を維持する。注目されていると思うので、維持できるよう進めていきたい」

南郷谷に帰ってきた〈列車が走る〉日常。

大災害から復活したローカル鉄道のリーディングケースとして今後の〈走り〉が注目されています。

テレビ熊本
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