ここからは特集チューモク。
河井小学校を含め、輪島市ではいま、学び舎の姿が劇的に変わろうとしています。
背景にあるのは、加速する少子化、そして地震と豪雨です。
明日からの新年度を前に、2度の大きな災害を乗り越え、ひとつの歴史に幕を閉じる町野町の中学校を取材しました。

「卒業証書。中学校の課程を卒業したことを証する。第295号」
今年度で閉校を迎える、輪島市の東陽(とうよう)中学校の卒業式です。
式は、3年生が最後に授業を受けた町野小学校で行われ、東陽中最後となる卒業生5人が出席しました。
「置かれた場所で咲きなさい。それぞれの新たな世界新たな場所でお互いに咲くようにしましょう」
(山崎優香さん答辞)
「高校生になっても部活動や学校行事を通して私たちの元気な姿や夢に向かって挑戦し続ける姿を見ていただけるように頑張ります」
今年度卒業する3年生は、まさに「試練の連続」でした。
おととしの地震、そして去年の豪雨。校舎が大きな被害を受け、
東陽中学校の校舎で学習できたのは、3年間のうち、わずか1年ほどでした。
(卒業生)
「自分たちの校舎使えなかったのは、つらかったんですけど、先生たちとか支えてくれた人のおかげで楽しく学校生活を送ることができました」
式のあとには、在校生や先生が、東陽中最後の卒業生を拍手で送り出しました。
2010年に開校した東陽中学校は、町野中学校と南志見(なじみ)中学校が統合して誕生しました。
(公民館館長村元さん)
「統合は、町野地区の保護者も南志見地区の保護者もいい意味で歓迎していました。子どもたち地域の人たちにとっても統合して活気ある学校だったと思っています」
こう話すのは、町野公民館の館長で元東陽中学校校長の村元悟(さとる)さんです。当時は統合による「相乗効果」があったと、村元さんは振り返ります。
(村元さん)
「両地区の良さが集まっていたなと思っていたので、全体的にも雰囲気的にもすごく良かった。このままいければいいなと思っていたのが当時の感想です」
しかし次第に生徒数は減少していきます。輪島市の人口と児童数の推移です。
40年前、4万5千人を超えていた人口は、今や半数以下に。
児童数にいたっては、およそ7割も減りました。
東陽中学校も、開校当時の94人から、最後は8人にまで少なくなっていました。
追い打ちをかけたのが、能登半島地震、そして奥能登豪雨です。
(柿本校長)
「能登半島地震で被災しまして使える校舎が本当に無かったというのが現状ですね。9月21日の豪雨災害を受けて床上浸水を中学校も小学校もしてしまい、柳田小学校と中学校に通わせていただきました」
2度の災害により自宅が被災。およそ半数の生徒が、市外へ転出せざるを得なくなりました。
(柿本校長)
「この地域を離れるもの苦渋の決断だったと思いますし、戻れるものなら戻りたいと思っている方多いと思います」
(村元さん)
「子どもたちの活動する姿とか声が聞こえないというのはすごく寂しいなと思っているんですけど、お祭り等でこちらに戻ったときにやっぱり町野いいと感じてもらえるような、また続けて作り上げていくのが、残された人たちの僕たちの役目だと思っています」
輪島市は、生徒数の減少と校舎の老朽化・被災を受け、市内の小中学校13校を4校に再編することを決めました。
東陽中学校は、隣接する町野小学校と統合し、あすから「東陽小中学校」として新たなスタートを切ります。
(柿本校長)
「せっかくできる新しい学校ですので、子どもたちがわくわくするような先生たちと子どもたちが一緒に作りあげていく学校になればいいなと思います」
統合を前に行われた閉校イベント。
会場には、卒業生や住民など100人以上が集まり、久しぶりの再会を喜び合いました。
「久しぶりやな!」
イベントでは、在校生がダンスや太鼓を披露。
参加者全員で最後となる町野小学校の校歌を歌いました。
(校歌)
(卒業生)
「自分の思い出の学校なんで、6年間通ってきて先生とも皆とも思い出作れた場所なので、無くなるのは悲しいです」「来てよかったなと思いました、友達と話せて」
Qどんな話しました?
「背の話とかしました」
「(地震で)子どもたちを全員奈良に移してしまったので、いつでも町野に戻ってこれるように努力はしたいなと思っています」
「小中学校になっても在校生には町野を大事にして学校生活を楽しんで欲しいなと思います」
バルーンをみんなでリリース
「3・2・1ありがとう!」

石川テレビ
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