きょうは年度末。咲き始めた桜に見送られながら人生の門出を迎えた人も多いと思います。こちらは能登半島地震で家族が犠牲となった大間圭介(おおま・けいすけ)さん。今日、警察官として最後の一日を迎えました。
(大間さん)「ちょっと手を合わせていきます」「行ってきます」「昨日の夜も家族には『明日(警察官として)最後やし』とは一日の終わりには伝えて…きょう心の中では『きょう最後やし行ってくるね』と思ってました。「最後の一日を、警察人生を噛みしめながらいきたいと思います」
珠洲市出身の警察官、大間圭介(おおまけいすけ)さん。
おととしの能登半島地震で妻と3人の子供を含む親族9人を失いました。
(大間さん)「やっぱり家族が帰ってこないというのが何をおいても一番辛かったというのがあって…でも、ずっと下を向いて、『僕辛いですよ』って言いながら、そういう気持ちを抱えながら生きていくっていうのはちょっと違うなというのは感じていて…」
そんな大間さんが、地震の発生から2年経った今年から始めたのが…
(大間さん)「自分が死ぬ時になって家族に胸を張って『生きて頑張ったよ』と言えるように、そういう活動をしたいなと思って、今年の1月から老人ホームの方にお邪魔させて頂いて、歌を披露させて頂いております。心を込めて歌わせて頂きたいと思います。よろしくお願いします」
「歌」による慰問です。音楽が好きだった子どもたちに思いを寄せ、久しぶりに手に取ったギター。県内の老人ホームやイベントで弾き語りを披露しています。こうした中、大間さんは、20年勤めた警察官生活にピリオドを打つことを決めました。
(稲垣アナ)「警察官人生で一番思い出に残っていることは?」
(大間さん)「そうですね…私の中では…最初の交番勤務がやっぱり思い出に残っていますし、あと警察学校の教官になったことは結構、思い出深いなって。教え子もたくさんいましたし…」
(稲垣アナ)「(警察官人生の)支えとなったのは何ですか?」
(大間さん)「やっぱり家族の存在だったと思いますね。忙しい時とか大変な時があっても帰ったら家族が待っててくれるなという思いがあったので…それを楽しみに頑張れたというところはあったと思いますね」
警察官として、最後の出勤。県警本部で辞令が交付された後、この春退職する警察官33人に表彰状が送られました。
(司会)「大間圭介様」
(大間さん)「はい!」
ここまで歩んできた20年の道のり。最後も「いつも通りの一日」を送りたいと話していましたが…
(退庁時の拍手)
(大間さん)「20年間…すみません…何で涙が出てくるか分からないんですけど、20年間精いっぱいやってきたなと思います」「式典中も家族のことをやっぱり…本当に家族に支えられた警察人生だったので、最後に家族の事を思って式典に臨んでいました」
(稲垣アナ)「ご家族にいまどんな言葉を…」
(大間さん)「20年間やったけど、お父さん頑張ってきたよという言葉を伝えたいなと思います」
(稲垣アナ)「皆からはどんな声が返ってくると思いますか?」
(大間さん)「そうですね…『お疲れ、お疲れさま』と言ってくれているんじゃないかと思います」
(稲垣アナ)「この後どんな人生を歩んで生きたいなと思っていますか?」
(大間さん)「警察を辞めたからには、家族に胸を張っていけるような活動をしたりとかそんな人生を歩んでいけたらと思っております」