山梨県韮崎(にらさき)市。このまちの商店街で一際目立つ鉄筋コンクリート建てのビルが「アメリカヤ」です。
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1967年に誕生し、かつては地元のランドマークとして親しまれていたものの、オーナーの死去とともに惜しまれながら閉店。その後15年間もの長い間、抜け殻になっていました。
一度はその歴史に幕を下ろした「アメリカヤ」でしたが、2018年にリノベーションよって復活。これをを契機に、空き店舗が目立っていた商店街には新しいお店が次々とオープンし、まちを訪れる人はもちろん、移住を希望する人が増え続けるという好循環が生まれました。
「アメリカヤ」をビル一棟丸ごとリノベーションするという大規模リノベーションと、そこからはじまる“リノベタウン・にらさき”の躍動。その仕掛け人ともいえるIROHA CRAFT(イロハクラフト)代表・千葉健司氏が、その歩みを振り返ります。
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幼い頃から「古い建物」に惹かれ、京都で建築を学んだのちに山梨にUターンした
「昔の賑わいがなくなってしまった」と、寂しく感じていた。
ーー「アメリカヤ」のリノベーションに興味を持ったきっかけを教えてください。
千葉:韮崎高校に通っていた僕にとって、「アメリカヤ」は通学時に駅のホームからいつも見ていた馴染みのある建物でした。2010年に独立して韮崎市に事務所を構えたのですが、かつてまちの中心的存在だったビルが廃墟となり、活気を失くしてしまった周辺の商店街を目の当たりにして「昔の賑わいがなくなってしまった」と寂しく感じました。それからずっと頭の片隅に「アメリカヤ」の存在があって、自分たちの強みである“リノベーション”で「アメリカヤ」を再生したいという想いがありました。
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独自の存在感で地域の人々に親しまれた韮崎市の名物ビル「アメリカヤ」
オーナー・星野貢さんの他界後、惜しまれながら2003年に閉店した
ーーそこからどういう経緯でリノベーションに?
千葉:「ビルをリノベして、地域のさまざまな活動の拠点にできたら…」「『アメリカヤ』を中心に、韮崎駅前を再び人の集まる場所にしたい」というアイデアをいろいろな人に話していました。それが偶然ビルを相続したご家族の耳に入り、奇跡的にお会いできることになったんです。お話を伺うと「もう取り壊す予定なんです……」と。たまらず自分たちでリノベーションし、管理・運営まで担うことを提案させてもらいました。
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15年間廃ビルだった「アメリカヤ」の屋上と内観
ーー取り壊される寸前、というところだったのですね。
千葉:築50年を経過し、15年以上空きビルだった建物です。図面も残っておらず、オーナーご家族からは、「ビル丸ごと一棟のリノベーションなんて、不可能に近いよ。本当に大丈夫?」と心配されました(苦笑)。でも、僕は「アメリカヤ」をポテンシャルの塊だと感じていたし、このビルに再び命を吹き込むことがまちを変えるきっかけになると信じていた。だからまずはオーナーご家族に安心していただけるプランを提案するため、図面が失われた築50年のビルをすべて測量し、図面を起こすところから。対話を重ねるうちに、「千葉さんたちになら」とお任せいただけることになりました。そこからは地域の方の応援や協力も後押しして、トントン拍子。約半年間の工事期間を経て、2018年4月8日に「二代目・アメリカヤ」としてビルを復活させることができました。9つのテナントと誰もが自由に使えるフリースペース、それと僕らの事務所が入った複合ビルという位置付けでの再スタートでした。
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リノベーションにより再び商店街の賑わいの中心となった新生「アメリカヤ」
5階建てビルの1階にはカフェが入居する
リノベーションの可能性を目の当たりにして。
ーー「アメリカヤ」リノベーションの反響や変化はいかがでしたか?
千葉:建築の賞をいただいたり、全国紙で取り上げていただいたり、さまざまな方面から講演や取材の依頼をいただいたりと反響は想像以上でした。何より嬉しかったのが、「アメリカヤ」を目的に韮崎を訪れる人が増えたことです。地域の方や行政の方にも、とても喜んでいただきました。リノベーションが想像以上に笑顔をもたらし、人の流れが変わっていく様子を目の当たりにしたことをきっかけに、僕の興味も”建物単体のリノベーション”から”まち全体のリノベーション” へと広がっていきました。「こんなにみんなに喜んでもらえるなら、もっといろいろやってみよう」とリノベーションの可能性を改めて自分自身が実感できたのだと思います。
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定期的にイベントを開催し、交流の場を設けているのも「アメリカヤ」の特徴
ーーリノベーションを任せてくださったオーナーさんの反応はいかがでしたか?
千葉:現オーナーにも、子どもの頃は「アメリカヤ」を我が家として暮らしていたという現オーナーの娘さんにも物凄く喜んでいただきました。「死んだ親父もすごく喜んでくれていると思う」と言ってもらってこちらがすごく嬉しかったですね。
ーーその後もすごいスピードで近隣エリアのリノベーションを実施されていますね。
千葉:「アメリカヤ」ビルの再生以降、「このまちをより面白くするにはどうしたらいいんだろう」というのが僕のテーマでした。そんな中で耳にしたのが、アメリカヤの向かいにある築70年の木造長屋が解体されるという情報でした。すぐに視察に行ってみると、本物の昭和レトロが薫る味のある物件。壊されてしまうのが惜しくて、「修繕と管理を含めて僕らにやらせてください」とまた直談判しました。「アメリカヤ」の復活から1年半、2019年9月に「アメリカヤ横丁」が誕生しています。
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長屋をリノベーションした「アメリカヤ横丁」は「アメリカヤ」の向かいに
ーーIROHA CRAFTのリノベーションの特徴を教えてください。
千葉:例えば「アメリカヤ横丁」のリノベーションは、古い浄化槽を下水道に切りかえたほか、配線や水道管といったインフラを一新。トイレを男女別にするなど、現代人が使いやすい形に変えて、適宜、耐震補強を行いました。けれど、それだけなんです。手を加えるのは最小限に留め、趣のあるドアやサッシ、使える設備はそのまま残す。僕らが何より大事にしているのは「建物の価値を生かす」ことです。
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建設当時の趣をそのまま生かした「アメリカヤ」のらせん階段
利用するうえで支障がない限り、躯体はなるべくそのまま残している
ーー韮崎市の商店街は、空き店舗が次々とリノベーションで蘇っていますね。
千葉:「アメリカヤ」は工事期間からメディアの注目を浴びて、華々しく再デビュー。「アメリカヤ横丁」のオープンも後押しして、韮崎駅前商店街エリアに活気が戻ってきたと感じられるようになりました。僕はそれを“一過性”のものにしたくなかった。「アメリカヤ横丁」のあとは、お酒を楽しんでそのまままちに滞在できるようにとゲストハウスを企画し、築52年の3階建てビルを改修しました。そうやって少しずつアイデアを人と共有し、まちが止まらないための仕掛けを意識的に作っていた。「アメリカヤ」の再オープンから8年経ち、今では僕が主体的に動かなくても、いろんな人がいろんな面白いことを韮崎に持ち込んでくれるようになりました。韮崎市にどんどん移住希望者が増え、空き店舗が目立っていた駅前商店街には次々と新しいお店ができています。
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2024年春には商店街に8店舗が新規オープン。次々と新しい仲間が加わっている
リノベーションによる、まちづくり。
ーー「駅前商店街 空き店舗ツアー」にも千葉さんが関わっているそうですね。
千葉:「韮崎駅前商店街 空き店舗ツアー」は、2019年の「アメリカヤ横丁」とゲストハウス誕生の直後に始めた企画でした。同ツアーは、韮崎市で開業したい参加者が、空き店舗や実際に空き店舗をリノベーションして起業した先輩移住者のお店を巡るというもの。初年度から何件ものマッチングが成立し、空き店舗に新しいお店が誕生しています。
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県内外からたくさんの人が集まる「空き店舗ツアー」の様子
まちの活性化の兆しは、行政や地元のオーナーにとっても喜ばしいこと。2023年からは韮崎市商工会が中心となって継続しています。僕らも引き続き当日の案内を担当しており、いまや官民一体での活動となりました。※2025年開催のツアーの様子はこちら
ーーIROHA CRAFTとして、この先どんな活動を展開していきたいですか?
千葉:僕の目標は、韮崎を “リノベーションタウン” として根付かせること。そのための歩みを止めないことですね。僕はもともと古い建物が好きで、京都で建築を学び、建築士になりました。「アメリカヤ」を手がけるよりも前から、日本で空き家問題が深刻化していた背景もあり「古い建物をリノベーションで甦らせていく」ことに力を注いでいましたし、リノベーションはいわば僕のライフワークだと考えています。古い建物には新築には再現できない味がある。僕は、それを活用したまちの風景をこれからもつくっていきたいと思っています。
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リノベーション建築チーム・IROHA CRAFTの仲間たち
【アメリカヤ 公式サイト/Instagram】
SNS:https://www.instagram.com/americaya1967
【会社概要】
IROHA CRAFT(商号:株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)
山梨県韮崎市中央町10-17 アメリカヤビル 4階
URL:https://www.atelier-iroha.com/
SNS:https://www.instagram.com/iroha_craft/
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