2月末から開始された米国およびイスラエルによる対イラン攻撃により、中東を取り巻く安全保障環境は緊迫の度合いを深めている。
特に、イスラエル軍によるイラン最高指導者ハメネイ師の殺害、およびイラン国内の主要軍事拠点への攻撃は、イランの軍事力に甚大な打撃を与えている。
これに対し、イラン側はホルムズ海峡の事実上の封鎖や、UAEやカタール、サウジアラビアなど周辺諸国にある米軍拠点や石油施設への報復攻撃を展開しており、今後も予断を許さない状況が続くものとみられる。
多国間の協力を傷付けるアメリカの武力行使
一方、ここで1つ着目したいのが、トランプ政権が推進する「力による平和」である。
昨年6月のイランの核関連施設とミサイル関連施設への空爆に続き、今年に入ってからのベネズエラ、そして今回のイランに対する大規模な軍事介入は、トランプ政権が自らの戦略的利益を達成するために圧倒的な軍事力を躊躇なく行使する姿勢を明確に示している。
しかし、こうした行動は国際法に明確に違反し、国際秩序を形成する法の支配を形骸化させる行為であることは言うまでもない。
主権国家に対する一方的な武力行使は、国連憲章が定める武力行使禁止原則を形骸化させ、いかなる政治的な大義名分があったとしても、国際的な合意形成を軽視した軍事行動が常態化することは、長年築き上げられてきた多国間協力の枠組みを根底から毀損する行為であると言わざるを得ない。
中小国の軍備増強へ
さらに重大な懸念は、こうした大国による軍事的介入の連鎖が、世界の中小国に対して「力の信奉」という誤ったシグナルを与えかねない点にある。
ロシアによるウクライナ侵攻、そして米国によるベネズエラやイランへの相次ぐ軍事介入を目の当たりにした中小国の指導者たちは、自国の主権を守るための国際ルールがもはや機能していないという認識を強めていくことが考えられる。
この認識は、国際社会を再び弱肉強食の時代へと引き戻す危険性を秘めている。
大国による一方的な現状変更が黙認されるような環境下では、中小国は自衛のために軍備を増強し、集団安全保障に頼るのではなく、自前の抑止力を確保しようとする動機が働く。この論理の帰結として、通常兵器の拡充に留まらず、核開発や核保有、またAIなどを駆使した兵器開発の動きが広がっていくことが懸念される。
軍事力行使のハードル
また、大国が国際法を無視して軍事行動を優先する姿勢は、国際社会における「軍事力行使のハードル」を著しく低下させるという深刻な副作用をもたらしている。
かつての国際秩序においては、軍事力の行使はあくまで外交が破綻した後の最終的な手段と位置付けられ、そこには厳格な法的手続きと国際的な正当性が求められていた。
しかし、影響力を持つ大国が自らこれらの制約を取り払い、実力行使によって目的を達成する前例を積み重ねることで、他国の指導者たちの間でも「武力による解決」を選択することへの心理的・政治的な抵抗が弱まっていくことが懸念される。
軍事的ハードルが低下した世界では、地域紛争や領土問題、さらには国内の政治的混乱に対して、安易に武力が投入される可能性が高まり、結果として世界各地で小規模な紛争が頻発し、それが大国を巻き込む大規模な衝突へと拡大する悪循環を生み出しかねない。
“法よりも力”の世界
中東で現在進行している事態は、単に特定の政権の崩壊や資源の確保という次元を超え、今後の国際社会がどのようなルールに基づいて運営されていくのかという根本的な問いを我々に突きつけている。
もし、法よりも力が優先され、対話よりも破壊が先行するような環境が定着してしまえば、我々は長年にわたって維持してきた平和の基盤を失うことになる。
中小国が疑心暗鬼に駆られて軍拡を競い、核の脅威が再び日常となる未来を避けるためには、今一度法の支配に立ち返り、大国による武力行使を抑制するための強固な国際的枠組みを再構築することが不可欠である。
【執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹】
