中東情勢の緊迫化を受け、アラブ首長国連邦(UAE)・ドバイに住む日本人女性のもとに、日本の総領事館から退避支援の案内メールが届いた。日本政府が手配するバスでオマーンのマスカットへ移動し、そこから東京行きのチャーター便に接続する想定だった。だが、女性は退避を断念した。理由は、共に暮らす2匹の猫だった。

「私の猫は2匹いて、ルークとレイアという名前です。スター・ウォーズから取りました。どちらも3歳で、動物病院で捨てられていたのを拾って育てています」

 
 
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ルーク(左)とレイア(右)
ルーク(左)とレイア(右)

女性のもとには、政府からの緊急メッセージも繰り返し届いているという。

「先週末に比べると少し落ち着いたけれど、昨日の夜と今日もまた、携帯に『安全なところに隠れてください』という緊急の連絡が入りました。昨日は1時間半後くらい、今日は1時間後くらいで『安全です。通常の生活に戻ってください』というメッセージが来たけれど、まだミサイルやドローンの攻撃があるので、安心はできません」

実際に警報が鳴ったとき、すぐに逃げ込める場所が近くにあるわけではない。

「地下のメトロ駅がシェルター代わりになると聞いているけれど、私はかなり離れたところに住んでいるので、そこまで行くのが怖い」

「ペットの帯同はできません」

そうした中で、3月5日午後3時45分ごろ、在ドバイ日本国総領事館から退避支援のメールが届いた。約4時間後の午後8時に返答するよう求める内容だった。女性はその切迫した時間設定にも戸惑ったという。

「かなり短い時間で決めなきゃいけなかったんです。帰れるなら日本に帰って安全なところに行きたい。でも、私には猫が2匹いる。そんなにすぐ、何時間で決められることではありませんでした」

女性が決定的だったと振り返るのが、メールに明記されていた一文だ。

(6)ペットの帯同はできません。

「その一文を見て、もう無理だなと思いました。猫を置いていく選択はできなかった」

在ドバイ日本国総領事館から届いたメール(画像の一部を加工)
在ドバイ日本国総領事館から届いたメール(画像の一部を加工)

女性は、自力で航空券を手配して日本へ戻ることも考えた。だが、日本に犬や猫を連れてすぐ帰国するのは容易ではない。日本では猫も狂犬病の輸入検疫対象となる。
また、犬猫の日本入国には原則として到着40日前までの届出が必要だ。日本政府の勧告による緊急帰国の場合は、40日前までに届出できない場合でも、その旨を備考に記して提出するよう案内されているが、それでも、狂犬病やレプトスピラ症(犬のみ)について輸入検疫を受ける必要がある。
条件を満たしていない場合、動物検疫所での係留検査の期間が最長180日間となる可能性がある。

農林水産省の動物検疫のページも見たけれど、最低でもかなり時間がかかる。ペットと一緒に日本へ帰るのは、すぐにはできないと分かりました」

さらに、UAEから犬や猫を出国させるには、行き先の入国条件に加え、UAE当局の獣医衛生証明書なども必要になる。

ペット同行退避は“準備”が鍵

各国メディアも、UAEからペットと出国する難しさを相次いで報じている。

旅行専門誌「コンデナスト・トラベラー」中東版 は、UAEからペットを出国させる際には、渡航先ごとの入国条件、マイクロチップ、必要書類、輸送方法を事前に確認することが不可欠だと報道した。情勢悪化に伴う航空事情の変化もあり、「早めの準備」が鍵になるとしている。

UAEの英字紙「ガルフ・ニュース」も、UAEを離れる前に確認すべき事項として、マイクロチップ登録、ワクチン記録、国ごとに異なる受け入れ条件の確認を挙げ、「今すぐ出たい」と思っても、書類と検疫の壁が立ちはだかる現実を伝えている。
女性も、その現実を痛感していた。

「仮に自分だけ先に帰って、あとで猫を何とかすることも考えました。でも、いつも旅行のときにお願いしているキャットシッターさんが、もし外に出られなくなったらどうするのか。もっと状況が悪くなったら、猫たちはどうなるのかと思うと、やっぱり私はここにいるしかないと思いました」

増える“見捨てられる動物”

女性が最も心を痛めているのは、混乱の中で置き去りにされる動物たちの存在だ。

「ペットを飼っている友達からも、『捨てられているらしい』という話は入ってきます。どうしてそんなことができるんだろうと思う。でも、この国では今回が初めてではないんです。コロナの時も、ペットが捨てられた例があった」

オンライン取材中にも乱入
オンライン取材中にも乱入

イギリスのラジオ局・LBC は3月、ドバイで犬や猫が相次いで見捨てられ、獣医に安楽死を問い合わせる飼い主まで出ていると報じた。
保護ボランティアはすでに受け入れキャパシティーの限界に達しつつあり、「毎日のように猫が置き去りにされている」「国境に向かう途中で犬が放されているという報告もある」と証言している。再開する商業便が増えれば、状況はさらに悪化する恐れがあるという。

「家族だから置いていけない」

女性はいま、最低限の備えを進めている。パスポートや貴重品を一カ所にまとめ、猫の餌もすぐ持ち出せるようにしているという。

「友達とも話して、とりあえず必要な物をリュックに詰める準備はしています。自分の食べ物も入れなきゃと思いました。でも結局、猫を連れてすぐ逃げられる態勢かというと、そうではない」

退避することが正しいのか、残ることが正しいのか。簡単には答えが出ない中で、女性の言葉ははっきりしていた。

「家族だから、置いてはいけない。そう思っています」

中東情勢の悪化が続く中、人の安全確保はもちろん最優先だ。だがその陰で、「ペットは帯同できません」という一文によって、避難の選択肢そのものを失う人たちがいる。
犬や猫と暮らす人にとって、退避は自分だけ避難すれば済む問題ではない。
(FNNロンドン支局長 髙島泰明)

髙島 泰明
髙島 泰明

FNNロンドン支局長
09年から警視庁、神奈川県警、厚生労働省、宮内庁を担当
東日本大震災では故郷・福島で放射能汚染や津波被害の取材に奔走
「めざましテレビ」から夜のニュース、選挙特番などでデスク、プロデューサーなどを経験
平昌・パリ五輪で現地取材、イット!「極ネタ!」演出も務める
愛犬家で「人と犬の幸せを育む」記事を書くことも大きなテーマ