鉄道の魅力を熱くお伝えする野川キャスターの「てつたま」です。
みなさん「未成線」をご存じでしょうか。
建設する計画をたてたものの結局完成には至らなかった路線のことなんですが、その未成線の痕跡をたどるイベントを取材してきました。
それでは…出発進行!
【野川アナ】
「三段峡駅がかつてあった所にやってまいりました。昔から広島県にお住まいの方はご存知だと思いますけれども、かつては可部線が三段峡まで走っていました。モニュメントもあるわけですが。三段峡から先、実は島根県の浜田市まで、この線路を伸ばしていこうという計画があったことをご存知でしょうか?
今回はその痕跡をたどるツアーが行われるんです。この線路を辿っていったら、もし伸びていたら。というちょっと妄想の世界に入ってまいりますが…じゃあ、この線路の先、進んで行きましょうか」
三段峡から向かったのは、島根県は浜田市金城町。
午前8時、朝早くから大勢の人が参加しようとしていたそのイベントが、『幻の広浜鉄道今福線ウォーキング大会』です。
今福線は昭和8年=1933年に、広島と浜田を結ぶことを目指した広浜鉄道の島根側のルートとして、山陰本線・下府(しもこう)駅から石見今福駅の区間を着工。
工事はほぼ完成しましたが、戦争の影響で中止に。
さらに戦後、浜田駅を起点とする新たな経路で工事が再開されましたが、国鉄が抱える赤字が響き、1980年、再び工事は中止。
二度の延伸計画は結局、実を結ぶことはありませんでした。
この日は広島や愛媛、遠くは東京からも鉄道ファンが集い、その数なんと264人に上りました。
【広島市の可部からの参加者・野川アナ】
「今日はどちらからですか?」
「広島。可部です」
「可部ですか!もしかしたら、沿線の住民になられていたかもしれない」
「そうそうそう、そうです。だからそれを楽しみにしていたんだけども。これは完成しなかったけれど、自分の意識の中で『あー、走っていたらなあ』という想像ができて、ものすごく掻き立てられますよね」
【地元から参加した小学生・野川アナ】
Q:今日は楽しみにしていますか?
「友達と遊んだりしながら、今福線のことを改めてもっと知りたい」
午前9時。
参加者は4つの班に分かれ、『今福線ガイドの会』先導のもと、およそ5キロのコースをめぐります。
最初の遺構は、のどかな田園風景の中に突如現れる、今福橋梁です。
橋だけがぽつんと、とり残された姿は何とも不思議な光景です。
【今福線を守る会ガイド】
「『ひかりは西へ!』という、あのキャンペーン。(新幹線が)岡山、福岡へ伸びていく時に、一刻でも早く山陰から広島へということで新線が計画されていますので、本当に直線です。
約100キロの新線ができる予定でした。これをノンストップ特急で55分で結ぼうという計画だったそうです。(当時の)120~130キロはもう超特急だと思います」
今福橋梁は昭和45年、1970年に完成。
戦後に計画された新線の橋梁です。
【野川アナ】
「この幅からもわかる通り、単線で敷かれる予定で。このまままっすぐ行きますと、奥の方に道路が見えると思いますが、あれがバイパスなんだそうです。あの道路の方にこのまま進んでいく感じだったんじゃないかなという気がします。そして、あちらを見ると、ご覧の通りトンネルが見えるんですよね。未成線ですから、できなかったんですけども、完成した時の輪郭がここに立っているだけでもよくわかりますね」
ここからは今福線の旧線跡へと進路を取ります。
沿線には鉄道遺構が点在していて、これは鉄路の下を横断するはずだったサイフォン式の通水路で旧線沿いに7か所あるそうです。
そして、ここから旧線跡は一気にアドベンチャーワールドへ。
森の中へと突き進んでいきます。
【野川アナ】
「あ、これですね。今福第6トンネルですね。全長45.7mのトンネル。迫力がありますね!」
旧線には、このようなトンネルが全部で12か所もあるそうです。
トンネルを抜けると、大きな3連アーチ橋が私たちを待っていました。
【今福線を守る会ガイド】
「この橋はいわゆる鉄筋を一切使っていない橋だと言われておりまして。当時(戦前)、鉄が不足している関係で、こういう造りになった」
【参加者】
「なかなか来る機会がなくて、地元なのに知らないことが多くて。それを大事にしている方がいるっていうのもすごく感慨深いし、自分もまた勉強しなおそうかなと。
物がない時代、戦争をしている時に美しさというか、自然と調和するようなものを、当時、考えていたのかなとか。美的意識とかを考えると感慨深いものがあるというかね。すごいなあって」
4連アーチ橋を渡ったところで旧線と新線が再び合流。
新旧それぞれの今福線の橋梁を眺めることができるこの場所には休憩地点が設けられ、ウォーキング大会は折り返しを迎えます。
ここで見覚えのある方にお会いしました。
【広島電鉄 武田英之さん・野川アナ】
「きょうは完全にいちファンとして?」
「そうですね」
「このイベントの魅力はどんな所に詰まっていると思いますか」
「全国で唯一無二ですかね。2つの時期の遺構が一度に見られるというのは。保存会の皆さんのおかげで木を刈っているから見せてもらえるので、それはありがたいですね。本当ならね、藪の中になっているはずでしょうけど」
休憩の後は、ウォーキング大会屈指のみどころ。現存する新線最長のトンネルで、普段は入ることができない下長屋トンネルの中を歩きます。
【野川アナ】
「だいぶヒンヤリしていますね。この時期の本来の気温という感じがします。
このトンネルがいつ、垂直から馬蹄型。下がすぼまっている形に切り替わるのかなという…」
トンネルの形が変わる?どういうことかといいますと…
入口の看板に浜田側と広島側でトンネルの形状が異なっていると書いてあったんですね。
壁がどこかで、垂直から馬蹄型に変わっているはずなんです。
【野川アナ】
「このトンネル1.6キロあるわけですけれども。それでいて、この先の出口がくっきり見えるっていうのは、本当に一直線に掘られたトンネルなんだなと。まだ垂直ですね。
うわー、コウモリだ。いっぱいいる!でも普段、こんなに立派なトンネルが人が通るわけでもなく、もちろん鉄道が通るわけでもなく、この中国山地の中に眠っていると思うと、まだまだ知らないことは本当にたくさんあるんだと思いますね。
お!ここじゃないですか。ああ、ここだ。ここまでずっと(トンネルの壁面が)垂直だったのに、ちょっとこの方向にキュッとし始めるんですよ。ということは、ここからトンネルが馬蹄型。下が、すぼまっている形にここで切り替わっていますね。なぜ変わっていったのか、その筋の方に聞いてみたいですね」
およそ30分、下長屋トンネルの中を歩き、出口が見えてきました。
【野川アナ】
「さあ。下長屋トンネルから出てまいりました。(外が)暖かい。プレートを見てみましょうか。下長屋隧道。延長1キロ633m。設計は日本鉄道建設公団・下関支社。
2年弱かけて、このトンネルは掘られて完成をしたということですけれども、こんなに立派なトンネルが完成したのに、鉄道が通ることはなかったという」
5.5キロの道のりをおよそ3時間半かけて、ゴールすると…地元のご婦人方が腕を振るったカレーがいただけます。
これだけ楽しめて、中学生以下は無料。
大人も300円とは…!参加者も大満足です。
【広島からの参加者・野川アナ】
「もう3回目です」
「3回も引き寄せられる魅力はどんな所ですか?」
「やっぱりね、短時間で陰陽を結ぶ。これ、すごくロマンを感じるんですよ。だからもし完成してたら社会が変わっていったと。それを想像しながら歩くのが面白い」
時代に翻弄され、2度の計画はともに幻と消えた広浜鉄道今福線。
その悲運の歴史は今、多くの人たちを惹きつけています。