「悲願ですね。悲願だったと思います」。鳥取大学医学部附属病院の吉川泰司教授は、30年以上にわたって心臓血管外科の第一線に立つスペシャリストとして、この日をずっと待ち続けていた。
2025年4月、この病院は国内で21番目、中国地方では初めて「長期在宅補助人工心臓治療(DT治療)」の実施施設に認定された。
高齢化が進む日本で急増が予想される「重症心不全」。根治が難しいとされる患者にとって、新たな希望の光となる治療法とその取り組みを取材した。
“死亡率5割超”の重症心不全 根治は心臓移植のみ
高齢化が進む日本で、近い将来患者数が急増すると言われているのが「重症心不全」。
心臓のポンプ機能が低下し、十分な血液を全身に送り出せなくなる状態で、高齢者ほど発症しやすい。「重症心不全」と診断された場合の1年以内の死亡率は5割以上とも言われている。
この症状の新たな治療法として登場したのが、長期在宅補助人工心臓治療、通称“DT治療”だ。
鳥大病院の吉川泰司教授。30年以上第一線に立つ心臓血管外科のスペシャリストで、ロボット支援心臓手術の第一人者としても知られている。
「重症心不全の出口治療の『ゴールドスタンダード』は、やはり心臓移植なんです。しかしドナーが日本では極端に不足してます」と吉川教授は説明する。
重症心不全は、投薬などでは回復が見込めず、今のところ最終的な治療法は「心臓移植」に限られるという。
しかし現実は厳しく、国内ではドナー不足のため、心臓移植手術を受けるまでに平均で5~6年の待機期間があり、手術を受けるにも高齢の患者にとっては厳しい条件が設けられている。
「高齢者を中心に、そういう重症心不全の方がたくさんいる。そういう方は心臓移植を受けられない。生きる術がなくなってしまう」と吉川教授は現状を憂う。
3年前に突然発症…「なんでこんなことに」
松江市の中村茂己さん(66)は、“DT治療”で命を救われた1人だ。大阪大学でその治療を受け、現在は鳥大病院に通院している。
「心臓(疾病)の兆候も全然なかったので、未だに夢を見ている感じなんです。なんでこんなことになっているのかみたいな」と中村さんは振り返る。
3年前に突然、重症心不全に陥り、生死の狭間をさまよったという。
娘の中村裕美さんは、「心臓が止まってしまって、電気ショックで何とかまた脈打ちましたと言われたときに、本当にもうこのまま会えないんだなと思いました」と、当時を思い出しながら話す。
生涯装着する補助人工心臓「DT治療」とは
こうした状況を打開する治療法として登場したのが“DT治療”で、2021年から公的医療保険の適用対象となった。
外付けのバッテリーで動く補助人工心臓を埋め込み、弱った心臓の代わりに血液を循環させる。
従来、補助人工心臓は心臓移植を待つ間の「つなぎ」として使われていたが、DT治療では、「最終的な治療」として生涯装着する。
高齢化が進む山陰でもこの治療が受けられる道を開こうと、吉川教授を中心に態勢を整えてきた。そして2025年4月、鳥大病院は国内で21番目、中国地方では初めての実施施設に認定された。こうした治療を「地域完結で行うことが大事」だとする吉川教授の悲願がついに実現した。
命をつなぐ装置と向き合う日々
しかし、期待の治療法には課題もある。中村さんは現在、月1回の定期点検を受けている。
医師が確認するのは、心臓に埋め込まれた補助人工心臓に異常がないかどうかだ。
補助人工心臓に異常が起きれば重大事故のリスクがあるため、車の運転は禁止に。
車好きの中村さんは、納車まで1年待ちで手に入れた愛車を、わずか3か月で手放すことになった。
また、装置を壊さないよう湯船につかることはできず、シャワーのみの生活となった。
さらに中村さんが常に持ち歩く装置の重さは約3キロ。補助人工心臓に電源を供給するため手放すことはできない。
「毎日背負ってると思うと結構しんどい。これが心臓だと思うとすごく緊張します。動いてる元になるので」と自身の命を守る装置を装着し続けなければならない心境を語る。
バッテリーによる駆動は最大17時間。文字どおり「心臓の代わり」になるため、常に残量を把握しておく必要がある。
娘の裕美さんも、ある夜の出来事を覚えている。「一回、直でコンセントに挿して寝ている間に、夜中に停電になったことがあって。その時は警告音が(鳴った)」。
電源を失い、装置が止まれば、「死」に直結する。もしもの場合が頭をよぎることもあるという。
様々な制約も…患者と家族にとって新たな希望に
様々な制約があるにもかかわらず、中村さん一家にとって“DT治療”は希望の光だった。
「もうとにかく、『命が長らえるっていうか続くのであれば、もう何でもいいから』ぐらいの気持ちでいました」と裕美さんは当時を振り返る。
中村さん自身も「神様が助けてくださったんだなという思いはあります。本当に今まで経験したことない病気でもあり、長期間の病院生活だったので、本当に皆さんに感謝しています」と語る。
高齢化の進行に伴って重症心不全患者の増加が見込まれる中、“DT治療”は患者が失った日常を再び取り戻すための新たな選択肢となりそうだ。
(TSKさんいん中央テレビ)
