新年を迎えて早2カ月。健康や家内安全を祈ってお守りを身につけている人も多いだろうが、富山県には全国でも珍しい「パワハラに効く」とされるお守りが存在することをご存じだろうか。その誕生の背景には、日本の法学史に刻まれる重要な事件があった。
街の人は誰も知らない希少なお守り
「パワハラに効くお守りを聞いたことはありますか?」


街頭で尋ねてみると、返ってくるのは「ないです。逆に知りたい」「聞いたことない」「わからない」といった反応ばかり。知っている人はゼロだった。

しかし、取材班がリサーチしてみると、このお守りは黒部市の宇奈月温泉にある宇奈月神社でのみ手に入れることができ、しかも毎月第1日曜日の午前10時から12時まで、たった2時間だけしか授与されない希少なものだとわかった。
県内外から法律関係者が集結


今年最初のお守り授与日、宇奈月神社を訪れてみた。正月に降った雪の影響で参拝者の数はまばらだったが、そのお守りを求めて県内外から約20人が集まっていた。

「パワハラや権利の侵害が多い時代なので、ここに来れば取り払われるんじゃないかと思って」と話すのは宅地建物取引士の男性。皆の目当ては「権利ノ濫用除お守り」という名前のお守りだった。

興味深いことに、お守りを求める人たちには明確な共通点があった。

「8つ購入しました。ロースクール(法科大学院)に通っていて友達の分も含めて購入しました」という大学生。

「私が法学部出身でこの事件を知っていたというのもあります」と話す法学部出身者。
「権利の濫用ということを全国的に知らしめた、そういう問題を取り上げるきっかけになった事件です」と語る会社員。
法律に詳しい人たちがこのお守りを求める理由、それは宇奈月温泉で起きた歴史的な事件にあった。
法学界の「聖地」となった宇奈月温泉事件
法学部がある高岡法科大学の後藤亜季専任講師に詳しく話を聞いた。

「宇奈月温泉木管事件で、法学者の聖地と言っていい場所が宇奈月温泉なんです。事件としても非常に重要な事件なので、みんなが学んでいく裁判事例です」


宇奈月温泉は黒薙温泉を源泉として開湯し、黒薙温泉から引湯管(温泉を引くパイプ)でお湯を引いていた。しかし、お湯を引いている土地を利用する権利があいまいなまま引湯管が整備されていたのだ。

「借りていない土地に目を付けた人が引湯管の土地と周辺の土地、約3000坪を購入しました。そして引湯管を撤去しないなら、借りていない土地も含めすべて法外な値段で買い取るよう要求したんです。撤去できないことをわかった上でわざと言っている状況でした」

要求された側が「それは受け入れられない」と拒否したことで、訴訟に発展した。
権利濫用理論を確立した画期的判決
結果はどうなったのだろうか。

「新たに土地を購入した人は引湯管部分が使えません。周りの土地も法外な値段で買い取れと言うのは行き過ぎです。現在の最高裁判所に当たる大審院がはっきりと『権利の濫用だからその権利行使は許さない』と判断しました。これが非常に大きな影響を生じさせたんです」

この判例により権利濫用理論が法的に認められ、後に民法が改正された際には第1条3項にその旨が盛り込まれることになった。まさに日本の法制史における転換点となった事件だったのだ。
「法律は私たちにとって優しいものだと理解できるいい教材です。たくさんの方に知っていただく機会ができてよかったと思います」と後藤講師は語る。
今も残る歴史の証人「木管」
事件の焦点となった木管は、現在も宇奈月温泉街の至る所に残されている。

黒部観光開発宇奈月管理事務所の百石富士雄所長によると、「アカマツでできています。保温性があるからです。大正後半からこの木管が使われていました」という。

宇奈月温泉の源泉は約7キロ上流の黒薙温泉から引かれており、「木管の長さが約2メートルで、3500本を使って宇奈月温泉まで供給していました。この木管は昭和25年頃から約30年間使われていたんです」と説明する。
歴史が生んだユニークなお守り

歴史的な裁判事例がモチーフとなって誕生した「権利ノ濫用除お守り」。パワハラやセクハラなどのハラスメントに効くお守りとしても認知されるこの希少なお守りは、法学の歴史と温泉地の文化が結びついた、他では見ることのできないユニークな存在である。

宇奈月神社によると、多い時は100人近くの行列ができたこともあるといい、遠方から旅行がてら宇奈月温泉に宿泊してお守りを購入する人も多いということだ。
(富山テレビ放送)
