49日ぶりの生還! 国籍不明の漂流者を「助ける」勇気と「生きる」勇気

カテゴリ:ワールド

  • 49日間漂流の少年が奇跡的に生還
  • 船内での病気感染を恐れ、漂流者に気づいても見て見ぬふりをするケースも
  • 生還する為に大切なことはとにかく「生きる」ことだけを考える

奇跡的生還のワケ

救助されたインドネシアの青年 アディランさん

インドネシアの青年・アディランさん(18歳)が、スラウェシ島の約125キロ沖から漁労用いかだで、漁場の管理をしていたところ、海底に固定していたロープが外れ漂流し、49日後にグアム島の沖でパナマ船籍の貨物船に救助され、貨物船の目的地である日本に入港した。アディアンさんは、無事に家族のもとへ帰ることができた。

生存の要因としては、この船には小屋がついていて直射日光を防ぐことができたこと、釣りして魚を捕獲することができ、さらに、燃料ガスなどの調理する道具があり、ガスが切れてからは、いかだの一部を燃やして魚を焼くことが出来たことなどが挙げられる。水は、海水で濡れた服を吸うように水分を取ったようだ。

昨年3月には、フィリピンの漁師オズモンさんが燃料切れで58日間漂流し、パプアニューギニア沖で、日本の漁船に救助されている。この漁船は、当初、二人乗っていたが、ひとりは途中で息絶えてしまった。残ったオズモンさんは、船に付着する海藻などしか食糧とするものがなく、60キロ超あった体重が発見時には、20キロ台にまで減少していた。この船の付近には毎日4~5隻の船が通過したが、助けてくれる船は無かったとオズモンさんは言っている。

漂流者を助けて船に乗せるリスク

良好な健康状態に戻った青年

漂流者を船に乗せることは、人道的に当然のことと考えられるが、実は、勇気のいる判断だ。 国籍不明者を乗船させた場合、下船させることが可能な港が無くなってしまうのだ。一般的には、乗船させた海域に最も近い港に立ち寄り、現地の当局に引き渡すことになる。しかい、公海中の商船は、積荷の受け渡しのための次の港へ入港予定があり、途中、他の港に立ち寄る余裕は無い。また、漂流者が病原菌を保有している場合がある。
特にアフリカ沿岸や東南アジアにおいては、漂流者自身が知らない間に保菌者になっているケースもある。船では検疫施設が無く、船内に病気が広まってしまう可能性もある。そのため、漂流船に気が付いていても、見て見ぬふりをする船は多いようだ。地中海を漂流するシリア難民やアジア海域を漂流するロヒンギャ難民たちも、海上で息絶え海難に流れ着くケースも後を絶たない。アディランさんを助けた貨物船、オズモンさんを助けた日本漁師も賞賛に値するだろう。

「生きる」ことだけを考える

2001年8月26日 救助される武智繁三さん

日本においても遭難した漁師が、長期の漂流後に生還を果たした事例がある。
2001年、長崎県の漁師・武智繁三さんが自己所有の漁船「繁栄丸」に乗り、日帰りの予定で出港し、エンジン故障により漂流。37日後に太平洋を標流しているところを徳島県のマグロはえ縄漁船が発見し、海上保安庁に連絡。海保から連絡を受けた海上自衛隊の救難飛行艇により救助され一命を取り留めた。
武智さんが生還できた要因としては、若干の食糧の備蓄があったことと釣りの道具が常備されていたことが挙げられる。さらに、武智さんがポジティブな考えを持ち続けたことが重要である。助かることを疑わずに日々を過ごし、石鹸に匂いを嗅いで風呂に入っていることを創造したり、飲み干したコーヒーのペットボトルの匂いを嗅ぎ、コーヒータイムの気分に浸ったりして気分を紛らわしていたという。

車椅子で会見に臨んだ武智さん

漂流しても生還するためには、とにかく「生きる」ことだけ考えることである。いかなることがあろうとも、生きる意思を持つことである。

帰郷した武智氏は、メディアからの取材に「人間って、なかなか死なないもんだなぁ」と答え、2001年の新語・流行語大賞の語録賞を受賞している。

(執筆:海洋経済学者 山田吉彦)