学校はいまコロナの感染対策や学びの保障で、深刻な人手不足に悩んでいる。一方、教員志望の学生は教育実習の機会が減り今後への不安を隠せない。そこで自治体によっては、コロナ禍における学校と学生のニーズをマッチングさせた、教員志望の学生を学校に派遣するインターンシップ(以下インターン)を始めるところも現れた。全国に先駆けてインターンが行われている自治体の1つである埼玉県戸田市を取材した。

「母校の恩師を手伝いたい」から始まった

「インターンプログラムをやろうと思ったのは2年前、卒業後母校に行ったときです。恩師と話していると凄く忙しそうだったので、『卒業生が何かお役に立てませんか』と聞いてみると『それはいいね』とおっしゃられて。そこで教員志望の卒業生が母校でインターンとして働かせてもらうことを始めました」

こう語るのは、教員志望の学生をインターンとして派遣するプログラム『TEST』を立ち上げた一般社団法人「lightful(以下ライトフル)」の代表、田中あゆみさんだ。

田中さんはいまデジタルハリウッド大学の2年生として学びながら、コロナ禍で人手不足がより深刻になっている学校と教育実習の機会が奪われた大学生をつないでいる。

「lightful」代表の田中あゆみさんは恩師を手伝いたいとインターン事業を始めた
「lightful」代表の田中あゆみさんは恩師を手伝いたいとインターン事業を始めた
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学校の先生の“リアル”を知るインターン

「母校でできたのでほかの学校でもやってみようとなって、次は学生をインターンとして派遣する仕組みを作りました。そして去年の10月頃から横浜市内の公立小学校で実証実験を始めました」(田中さん)

横浜では教員志望の学生が週に1日インターンとして授業支援を行った。教育実習は教科指導に重きを置くが、『TEST』では「学校の先生の“リアル”を知る」ために、朝から1日教師の校務を手伝う。また学生はインターン中、ライトフルのメンターと意見交換しながら、教師という職業に対する考え、自身の教育への向き合い方を振り返った。

『TEST』で学生インターンは先生のリアルを知る
『TEST』で学生インターンは先生のリアルを知る

コロナ禍の地域の教育課題を解決する

その後コロナの感染拡大で、学校は学びの保障や感染防止に追われることになり、学生の教育実習は中止や短縮に追い込まれた。

こうしたとき田中さんが学生団体の集まりで出会ったのが、埼玉県戸田市で学童保育を運営する一般社団法人「merry attic(以下メリーアティック)」のCOO石原悠太さんだ。

東京学芸大学に通い教員免許取得を目指している石原さんは、田中さんの取り組みに惹かれ「戸田市でも連携できないか」と誘った。

「コロナによる地域の教育課題を解決するために、教員志望の学生による学習支援ができたらと思いました。これを戸田市の教育委員会に打診したところ、次世代教員養成プログラム『TEST』として始まることになったのです」(石原さん)

「merry attic」の石原悠太さんは東京学芸大学の現役学生でもある
「merry attic」の石原悠太さんは東京学芸大学の現役学生でもある

戸田市では10月から『TEST』を開始し、小学校2校と中学校1校で教員志望の学生8人をインターンとして受け入れた。『TEST』を採用した理由を戸田市教育委員会の戸ヶ﨑勤教育長はこう語る。

「コロナ禍にあって学校はとにかく人手が欲しい、教師を目指す学生は教師としての体験の場や機会が狭められている。こういう状況をどうにかしたいと考えていました。そこにこの話があり、願ったり叶ったりですぐに飛びついたのです」

支援の必要な子にさりげなく寄り添う

埼玉県戸田市立戸田南小学校では学生インターンを受け入れている
埼玉県戸田市立戸田南小学校では学生インターンを受け入れている

先週17日、筆者は戸田市立戸田南小学校でインターンによる授業支援の様子を取材した。

その日のインターンは田中さん自身。当日授業支援を担当した学級の子どもたちは、田中さんにとって初対面だった。しかし田中さんは教員の指示をいちいち受けることもなく、支援の必要な子どもに気づくとさりげなく寄り添い、子どもの気持ちを授業に向かわせていた。

授業を終えた感想を聞くと、田中さんはこう答えた。

「きょうは授業をサポートしながら考えることがすごく多かったです。2人くらい付き添っていないといけない子どもがいたんですけど、その子たちとずっと一緒にいるとよくないですし、他の子でもサポートしてほしいと思っている子はいるので、全体を見ながらサポートするのは大変だなあとあらためて思いました」

田中さんは自身もインターンとして授業支援を行う
田中さんは自身もインターンとして授業支援を行う

クラスにもう1人先生が毎日ほしい

インターンを受け入れている戸田南小学校の鈴木薫校長はこう語る。

「先生は一斉指導がメインなので、40人クラスで1人だけみて39人をみないというわけにいきません。力量のある先生ならそこはうまく配分できますが、経験の少ない先生ですと“学級崩壊”のような状況になってしまうこともあります。特別な支援が必要な子どもがいるときは先生がもう1人ほしいのでインターンがいると凄く助かっています。できれば毎日来てほしいですね」

さらに鈴木校長は『TEST』の教員養成としての役割についてこう語った。

「インターンにとって小学校が単なる教員の養成機関ではなくて、人生のステップアップになるのであれば素晴らしいことだと思います。教員免許をとりあえず取ろうと思って教育実習に来る学生と、本当に子どもが好きだという学生は目を見た瞬間にわかります。子どもが大好きな人には子どもが勝手に寄っていきますよ(笑)」

そういえば田中さんは、授業後しばらく子どもたちから離してもらえなかった。

インターンにとって小学校が人生のステップアップになることも期待される
インターンにとって小学校が人生のステップアップになることも期待される

インターンは教育を実践するもの

『TEST』について戸田市教育委員会では、「現在はトライアルの段階ですが、是非今後も継続していきたい」(戸ヶ﨑氏)としている。

「教育実習は教員免許を取得するために単位として義務付けられたものですが、インターンは学校のニーズに応じて学生が主体的に教育を実践するものです。教育実習に比べて教育の本質を見抜く力を養えると信じています。今回得られた成果や知見は全国の自治体にも広げていき、優秀で熱い志がある学生が全国の学校の教壇に立ってほしいですね」(戸ヶ﨑氏)

最後に田中さんに「大学を卒業後教師になりたいですか」と訊ねてみた。

「大変だなと思いますが、数年かけて子どもと向き合っていくのは凄く尊いものだと思いますし、大事なものを手に入れる職業だと思います。いま通っている大学では教員免許は取れないので、どこかの夜間大学に通って取ることを考えています」

田中さん「子どもと向き合うのは凄く尊いものだと思います」
田中さん「子どもと向き合うのは凄く尊いものだと思います」

課題山積の学校にインターンは不可欠

現行の教員免許制度ではインターンのみで教師になることはできない。

しかしいま学校や教師に求められる役割は、これまでの教科指導だけから大きく変わろうとしている。政府の教育再生実行会議では、これまでの教育学部や教職課程にのみに閉じた教員免許制度を抜本的に改めるべきだとしている。

戸ヶ﨑氏は「学校現場の課題解決に向けて、インターンの充実は不可欠だ」と強調する。

「学校現場では、発達障がいなど特別な支援を必要とする子どもをはじめ、不登校、外国出身、貧困、虐待など様々な課題に直面しています。こうした課題解決に向けた学校や地域の取り組みを学生の時に積極的に体験できるインターンの充実は不可欠です。『TEST』はその一翼を担うものと期待しています」

教員免許と教育実習制度は、いま学校現場で広がるニーズにどこまで応えているのか。インターンの普及がポストコロナ時代の教員採用のあり方を変える可能性がある。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。