1月27日に公示された衆院選。新潟1区から立候補した日本維新の会・伊藤和成候補の第一声をお伝えします。この記事では候補者が話した内容をそのままお伝えします。
雪降ってきました。寒い中、そして足元の悪い中、そして平日の午前中にも関わらずお集まりいただきまして本当にありがとうございます。今回、日本維新の会から衆議院新潟県第一選挙区支部長に就任させていただき、新潟1区から衆議院議員に立候補させていただきました伊藤和成と申します。
選挙期間が短いと同時に、決まってから始まるまでが数日間しかなかったということで、手落ちも多く、関わっていただいた方に多大なご迷惑をおかけしてしまいました。間に合わなかった部分もあるので、これから随時出来上がっては来るんですけれど、たすきもすみません。ちょっと私が手配ミスしていたものだったので、急遽間に合わせのものを用意させてしまったんですけれども。
早速第一歩目からですね、失敗はしてしまいましたけれども、あくまで選挙は今日から始まるのであって、今日で終わるわけではないので、これからどんどんと走り続けて、私の思い、訴えて、そして皆さんへと届けていきたい、そういう風に思っております。
第一声の場所、昨日ですね、色んなマスコミの方から第一声の場所はどこでやるんですか?という風に聞かれて、私は神社でやりますという風に言ったんですけども、その時私は何で聞かれているのかが分からなかったんですけども、寝る前にふとですね、なるほど、神事は神社であって、第一声は街中でやった方がいいのかということに気がついたんですね。
私がなんであえてここを第一声の場所に選んだかというと、人はやっぱり先人から生かされていると。そして私たちもまた次の世代へとこの国を、この街を引き継いでいかなければならない。そう思った時に、やっぱり私の第一声は、もちろん多くの人に聞いてもらいたいんですけれども、この新潟を作ってくださった、そしてこの国の礎を作るために散華をされた7万9729柱の英霊、神の前で私の誓いを聞いてもらいたかった。
それが、私がこの場所を第一声の場所に選んだ理由です。
これから、この私の思いを新潟の一区の皆さんに、そして国に届くように語りかけていきます。どうか皆さん、伊藤和成と言います。
この私の姿、顔、そして声、発している言葉の内容を覚えていただきまして、帰られましたら皆さんのご友人にそういうやつがいるんだよということを伝えて頂きたいです。
私がこの街で訴えたいことは、この国を守るために、この新潟を、新潟1区をもっと活用すべきだということです。
そしてそれが叶ったのであるならば、この新潟が潤うことにもなるんです。だからこそ私は、この新潟の地位をもっとこの日本の中で押し上げていきます。日本維新の会は副首都構想というものを掲げさせていただいております。
今、日本には東京に全てのものが集まりすぎている。それでいいんだったら、いいでしょうけれども、そうではないんですね。
これから30年以内に7割、8割の確率で首都直下型大震災が起きるという風に言われている。であるならば、日本維新の会は副首都、東京に変わる施設を大阪であったり、各地に作らなきゃいけないという話をしております。であるならば、それに一番ふさわしい地はこの新潟です。
新潟は、本州、日本海側、唯一の政令指定都市であって、広い平野があって食べ物がとれる。水も豊富です。国際空港がある。新幹線もある。そして首都東京と2時間で直結している。だったら、副首都はここに作るのが1番望ましいはずなんです。
東京で有事が起きた時には、山脈を超えて2時間でここに副首都がある、バックアップ機能があるのであるならば、成田空港、羽田空港が同時に使えなくなった時に新潟空港に海外から降りてくる物資を下ろす、そして2時間以内で被災地に運ぶ、そして被災地の人をこの新潟に避難させる。そういう施設をここに作れば、国の政策で、この新潟に人や物や金を大量に呼び込むことができるんです。
国の予算でこの街を作り変えることができるんです。そうしたら私は市民の税金を下げます。この冬、あまりにも新潟は寒すぎる。私は今回、何往復か東京に行かせてもらいましたけれども、東京に行くともう空の色が違うんですよ。この新潟からしてみたら5月の空の色です。
あまりにも私たちはこの寒い土地で寒い生活を強いられてきたんじゃないかと思う。だからこそこの町に副首都を備えることによって、この日本にそしてこの新潟に暖かさを取り戻していきたい。そして、それを次の世代に残していきたい。
豊かな、そして平和で、そして人々の温かいそういう日本をこれからも残していきたい。それにこの新潟を使いたい。それが今回、私が声を上げさせて頂いた理由です。
それを誰かにやってもらうのではなく、今回私の所に話が来たのであるならば、私がやりますと言わせていただきました。数日前まで一市民に過ぎなかった私が、そんな大それたことを言うには、あまりにも荷が重かった、重かったです、実際。辛かったこの数日間。でも最後まで走り抜けていきますので、何卒皆さん、どうかこの12日間よろしくお願いします。