大阪府知事選に立候補した、吉村洋文さんの第一声です。

皆さんおはようございます。本日、大阪府知事に立候補をいたしました。
出直し選挙をいたします。皆さんにまず、今回の選挙、反対意見が多いこと、それも分かります。ご迷惑をおかけしていること、そこもお詫びを申し上げます。

でも「なぜ今回の選挙に挑んだのか?」それについて皆さんに話をさせていただきたいと思います。

2011年、15年前です。僕が大阪維新に入りました。当時、大阪は大赤字で無茶苦茶な状態でした。

大阪府・大阪市、まあ、お金の無駄な使い方をして。財政も悪い、赤字も続く皆さんの大切な税金が無茶苦茶な使われ方をしていた。

大阪府、大阪市バラバラで、二重行政。「これどうなの?」ということで、大阪市と大阪府を1つにして、そして強力な自治体を作っていこうと、「大阪都構想」を実現しようということで、大阪維新の会が生まれました。

「大阪をよくしたい」。その思いで、私はこの維新の会に入りました。

1回目の「都構想」に挑戦した時、当時は法律も何もありませんでした。何にもないところからのスタートでした。

「法律を作って、そして大阪を成長させていこう」。その思いで、橋下市長また松井知事、僕自身は「都構想」の設計図を作るという役割で1回の「都構想」(の住民投票)をやりました。

否決になりました。その時に、どうするか。当時の橋下さんから「いや、これはもう一度目指そう」ということで、「吉村さん、大阪市長をやってよ」と。「大阪市長を目指して」と。
「分かりました」。

僕自身もこの大阪が好きで、大阪を成長させたいという思いで、この維新の会に入りました。政治の世界に入ったんです。

だから、まあ当時は負けるとも言われましたが、何もない状況の中でで、大阪市長選挙に立候補いたしました。
そして松井知事と共にこの間、歩みました。10年間私自身も知事・市長をやりました。そして2回目の都構想を目指す、この時に、松井さんとタッグでやりましたが、否決になりました。

その時、私自身も正直、心が折れました。もう無理だと。都構想を目指すことはないと。そのように言いました。その気持ちに嘘と偽りはありません。

その時、正直申し上げて、政治家をやめようかという思いもありました。やりきったなという思いもありました。

ただ、この大阪維新の会の改革を、これを絶やしてはいけない。松井さんからも「吉村、お前続けてやれ」と。「どうすんだ」と。「大阪の改革どうすんだ。維新どうすんだ」。

私自身もその思いの中で、大阪府知事選挙にもう1度立候補し、『大阪をよくしたい』という思いで、それだけでこの間走ってきました。


横山市長と一緒に府市の一体成長戦略をやっていこう。高校授業料の無償化をやろう。万博を成功させよう。この3つを公約の柱として掲げました。

大阪府と大阪市が1つになれば、強力な自治体になれば、まだまだ大阪は成長できる。僕はそう確信をしています。

そしてその確信は、横山市長と一緒にやることで、より強いものになってきました。大阪はまだまだ力があるんです。

例えば府と市が一緒にやることで、横山さんとあのうめきたのエリアも、「都心のど真ん中に大きな緑」。これを実現することができました。バラバラだったらできなかったでしょう。

その前の大阪、街が汚い、ヘドロの川が流れている。いろんなこと言われていました。地下空間は汚い。いろんなこと言われていましたが、そんなことはない。大阪には力があるんです。

維新の会で府と市が協力してやってきたんです。横山さんと、うめきたも去年の秋、先行の街開きをしました。

おととしの秋ですね、街開きをいたしました。来年春には、あの都心のど真ん中の本物の緑に加えて、新たに森や滝ができて、完成します。

あの下には駅ができて「なにわ筋線」という新しい電車が走り出します。2031年です。これも全然進みませんでしたが、府と市が協力することで、実現することができました。

一緒になったら、まだまだ力が発揮できるんです。これを横山さんとやっていくうちに、一度はもう無理だと思った「都構想」ですが、やはりそれにした方が力が出るんじゃないか。諦めたらダメなんじゃないか。そういう思いが強くなってきました。これは正直な思いです。

万博がありました。万博は公約の柱の1つでした。なので、皆さんと一緒に作り上げたい、と、10年近く、誘致の時代から考えたら、10年近く私自身も準備をしてきました。

引退された松井さんも橋下さんもそうです。みんなで準備をしてみんなで作ってきました。僕たちだけが作ったんじゃありません。ここにいらっしゃる皆さんも応援していただいて万博を作り上げてきました。

当初は批判も多かったです。「こんなもの誘致できんのか?実現できんのか?」夢物語のような話でしたが、でも去年これを実現することができました。多くの人に楽しんでもいただけたと思います。

でもこれはやはり大阪府と大阪市がバラバラだったらできなかったと思います。一緒になってひとつになってやったからこそ、できたんです。大阪にはまだまだ力があると。そう思いました。

公約を守るのが、果たすのが、僕は政治家の役割だと思っています。なので、万博をやっている最中も、この「都構想」への思い、府と市が1つになること、この思いが強くなっていきましたが、それはある意味を抑えて万博を成功させようとその思いでやってきました。

公約は3つあったんです。僕が知事選挙に出た時の公約は3つありました。3年前、1つが大阪・関西万博の成功。なのでこれを絶対果たすまでは、ダメだというふうに思っていました。

もう1つは高校授業料の完全無償化、大阪公立大学の無償化です。これを言うと税金じゃないかと言われるかもしれませんが、違います。

増税か?増税していません。借金も増やしていません。むしろ財政は改善しています。改革で財源を生み出してやったんです。

大阪に生まれた子供たち。僕らの故郷に生まれた子供たち。どんな家庭環境だったとしても、どういう状況だったとしても、自分の目指す方向、自分の夢を叶えられるような、そんな社会を作っていきたいと。

100%は無理です。でも、ちょっとでもそういう社会に近づけていきたい。そういう思いで教育の無償化というのもやりました。その方向性もつけました。

今は3年生、2年生、今年の春から1年生になります。これは子供たちが、大阪に生まれて、頑張れるような社会を作れる、そして公約の2つ目の柱でしたから、これを実行いたしました。

そして3つ目の公約の柱が、先ほど言ったうめきたやあの大阪城の東部地区。大阪公立大学新しくあそこにもできました。随分、大阪城も変わってきましたね。街並みが随分できてきた。なにわ筋線もできる。

この府市一体の成長戦略。これが3本目の公約の柱でした。これもほぼ横山さんと一緒にやることでその公約を果たすことができたと思っています。

3年前の公約をほぼ果たす中で、大阪の未来を考えた時に、そしてその公約を実行していく中で、大阪府と大阪市が1つになって強力な自治体を作っていく。

強力な成長、これを実現できるようにする。まだまだ大阪は力があるんだと、そう思うに、その思いがどんどん強くなってきました。

万博を成功裏に終えることができました。その後、ここからさらに決定的に思いを強くしたのが連立政権の樹立です。高市さんと連立政権を組むという判断をいたしました。

そしてそこの連立合意。これはこの後の解散総選挙で審判されることになります。その連立合意をする中で、東京1極だけじゃダメだと。もう1つの軸が必要じゃないかと。1本足長だけではダメだと。30年間振り返ってみてどうですかと。日本が成長してないと。もう1つの軸を作ろうじゃないかと。

首都圏にもし何かあった時には、それをバックアップできるような、そんなエリアを作ろうじゃないかと。
1つじゃなくて、2つで、ツインエンジンで日本を引っ張って行こうじゃないか。副首都と言われるものが必要じゃないか。そういうことを高市さんにも話をしました。

高市さんも「そうだ」と。「それは賛成だ」とおっしゃいました。だから連立合意の中に副首都の法案を、この通常国会でやるということを盛り込んで合意をしたんです。

皆さんこれはもう国で目指す方向性にもなっています。そうなんです。大阪が果たす役割は、大阪だけじゃないんです。大阪も日本の一部です。大阪が強くなることで、日本において重要な役割を果たすことで関西が強くなり、日本が強くなるんです。

そのためには土台として大阪都構想が僕は必要だと思うんです。

皆さん、大阪が果たす役割を考えた時、まさにこの副首都を国として目指していくならば、これは大阪がやらなきゃいけないと思ったんです。

これから解散総選挙がこの後始まります。副首都の議論も進むでしょう。その時に選挙において皆さんの声を聞く機会があるのであれば、都構想について、もう一度挑戦させてください。もう一度設計図を作らせてください。それを訴えるべきだと思ったんです。

確かにわがままだと言われるかもしれません。でもこれは自分のわがままじゃないんです。大阪をよくしたいんです。

その思いで、今回辞職をし、皆さんに審判を仰ぐ。その判断をいたしました。これから選挙戦が始まる中で、丁寧に気持ちを、思いを。そしてその制度を訴えていかなければならない。そう思っています。

総選挙で副首都案が審議されるのであれば、その副首都にふさわしい街はどうなのか?副首都は大阪市なんですか?副首都は大阪府なんですか?違います。「大阪都」なんですよ。

「都構想」をやって、大阪府と大阪市が1つになって副首都を目指せばいいんです。大阪にはその力があるんです。僕は確信してます。

10年間、知事市長をやりました。府と市が力を合わせれば絶対に大阪がもっと成長する。

僕も大阪で生まれ育ちました。皆さんもそうだと思います。僕も子供がいます。孫まではいませんが、子供がいます。皆さんとっても子や孫がいると思います。

僕たちだけの時代じゃない。これからの大阪に生まれてくる子や孫がこの大阪に生まれて、関西に生まれて。

「ああ、ここに生まれて良かったな。ここで自分の夢を叶えられるんだな」と。「東京にも行く必要もないよね」と。

学ぶところがあり、仕事があり、そして豊かな社会がある。強い大阪がある。住みやすい大阪がある。

それを実現するためにも、今回副首都の議論が国でされるんであれば、それに合わせて府と市が1つになって前を向いて進んでいく。

そんな未来社会を皆さんと一緒に作っていきたいんです。

もちろんこのこれは選挙でありまして、「都構想」というのは選挙では決まりません。法律で決まっているんです。住民投票で最後は決まるんです。

だから皆さんに「都構想」の賛否をお願いするものではありません。これは住民同意でもありません。

何なのか。「都構想」の副首都を目指す上で、その設計図を作らせてください。そこに挑戦させてください。第一歩を踏み出させてください。これが今回の選挙なんです。

皆さんから、ダメだと言われれば、公約に掲げてダメだと言われれば、それは難しいかもしれませんが、皆さんから後押しをいただければ、たどり着けるかどうかは分かりません。

でも僕は絶対その先に大阪の未来があると思っているんです。まず第一歩を踏み出させてもらいたいんです。

是非皆さん、今回これから選挙が始まります。一生懸命訴えていきたいと思います。大阪が好きで、僕はこの世界に入りました。

民間人からこの世界に入りました。お金でもありません。権力でも何でもありません。大阪をよくしたいという思いだけでここまでやってきたんです。
10年間知事・市長をやりました。確かに選挙はしんどかったです。最初の大阪市選挙も、まあ、無名で、受かるか分かんないね。でもやりました。

松井さんでやった、ダブルクロスの選挙、あの時もこんなの民主主義の冒涜だと言われました。

でも「『都構想』をやるんだったらやりましょう」というので、市長から知事にクロスするという、2つ返事で「やりましょう」と松井さんには言いました。これが僕の政治人生なんです。

ぜひ皆さん、大阪をよくする。前へ進める。この思いだけでやってきました。大阪には絶対力がある。

その装置を、その手段をしっかりと作り上げたい。

府と市が1つになれば、大阪はもっと成長することができます。この設計図作り、第一歩を踏み出させていただきたいと思いますんで、よろしくお願いを申し上げます。ありがとうございました。

関西テレビ
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