プレスリリース配信元:国立大学法人徳島大学
「小脳の情報伝達の交通整理役」の不具合が運動失調と神経発達症を引き起こす可能性

令和8年1月21日
国立大学法人徳島大学
https://www.tokushima-u.ac.jp/
徳島大学病院脳神経内科の宮本亮介特任講師、和泉唯信教授、徳島大学フォトニクス健康フロンティア研究院の坂根亜由子ユニットリーダー、徳島大学大学院医歯薬学研究部遺伝情報医学分野の森野豊之教授らの研究グループは、神経細胞のシナプスで働く分子「Rab3A」のミスセンス変異*1(R83W)が、常染色体顕性遺伝形式*2の脊髄小脳変性症(SCA)の原因であることを明らかにしました。
本研究では、Rab3A R83W変異がGTP結合能*3は保ったまま、シナプス足場分子RIM1やシナプス小胞分子Rabphilin-3Aと結合できなくなり、小脳の平行線維-プルキンエ細胞*4間シナプスにおけるシナプス小胞の放出を乱す仕組みを、細胞生物学的解析と構造学的解析から示しました。これは、見かけ上は「スイッチとしては動いているのに、下流の機械(シナプス前装置)と手がつながらないRab3A」になってしまうことで、小脳内の情報伝達が長期的に破綻し、ふらつき歩行などの運動失調をきたす可能性を示すものです。
さらに、患者さんの一部では自閉スペクトラム症や知的能力の偏りといった神経発達症状も認められ、Rab3A-RIM1経路が「運動の病気」と「発達の病気」をつなぐ共通のシナプス基盤である可能性が示唆されました。
本成果は、小脳変性と神経発達症をシナプスレベルで結びつける新たな概念を提示するものであり、今後の診断法や治療標的の探索にもつながることが期待されます。本成果は、令和8年1月6日(日本時間)Oxford University Pressの国際学術誌 Human Molecular Genetics にオンライン掲載されました。
研究の背景
脊髄小脳変性症(spinocerebellar ataxia; SCA)は、小脳の障害により歩行のふらつきや手足の協調運動障害をきたす進行性の神経変性疾患で、これまでに40以上の原因遺伝子が報告されています。しかし、その多くはカルシウムチャネルや核内タンパク質などであり、「シナプスでの情報伝達異常」を直接示す変異は限られていました。Rab3Aは神経細胞に豊富に存在し、神経伝達物質を詰め込んだシナプス小胞の放出のタイミングを制御する分子スイッチです。特に小脳では、顆粒細胞の軸索である平行線維の終末部に集中的に局在し、プルキンエ細胞とのシナプスで情報伝達の微調整を担っていると考えられてきましたが、人での病気との直接的な関連はこれまで明らかではありませんでした。
研究の内容と成果
1)Rab3A R83W変異の同定全エクソーム解析*5により、家系内で症状と完全に共分離*6する Rab3A R83W 変異を見出しました(図1上)。さらに320例の小脳失調症患者コホートをスクリーニングしたところ、同じ変異を持つ孤発例*7を同定しました。

(図1)脊髄小脳変性症患者でRab3A R83Wを同定
2)小脳病理とRab3Aの局在
剖検脳では、プルキンエ細胞の高度脱落を伴う、小脳皮質の全層変性が認められました(図1下)。
マウス及びヒト小脳の免疫染色により、Rab3Aが平行線維終末に特異的に局在し、プルキンエ細胞側にはほとんど発現しないことを確認しました(図2)。これにより、小脳におけるRab3Aの主な働きの場が平行線維-プルキンエ細胞間シナプスであることが示されました。

(図2)Rab3Aは小脳の平行繊維に局在
3)分子メカニズムの解明
精製タンパク質を用いた実験で、R83W変異を持つRab3AはGTP結合能や GTP/GDPサイクル*8は保たれているものの、シナプス足場タンパク質 RIM1 及びシナプス小胞タンパク質Rabphilin-3Aとの結合をほとんど失うことが分かりました。
AlphaFold3*9による構造モデル解析では、野生型*10 Rab3AのArg83は RIM1 のGlu32と静電的相互作用を介して結合しており、この相互作用がR83W変異で破綻することが示唆されました(図3左)。
PC12細胞*11でRab3Aを発現させると、野生型や活性型*12変異体はシナプス小胞様の点状構造として細胞体、神経突起及び神経突起終末に集積するのに対し、R83W変異体はGDP結合型変異*13と同様に細胞全体に拡散して分布し、シナプス小胞への適切な輸送が起こらないことが示唆されました(図3右)。

(図3)Rab3A R83W変異はRIM1との結合を阻害し、細胞内局在異常を起こす
これらの結果から、R83W変異は「スイッチとしてONにはなるが、下流のシナプス前装置に正しくつながらないRab3A」を生み出し、その結果として小脳平行線維終末での小胞放出が破綻し、長期的には神経変性へ至るという病態モデルが提案されました。
社会的意義・今後の展望
本研究により、Rab3Aを介したシナプス小胞輸送の異常が、人における脊髄小脳変性症と神経発達症の双方の原因となりうることが示されました。遺伝学的診断の観点からは、原因不明の遺伝性小脳失調症に対する解析において、Rab3A のようなシナプス小胞輸送に関わる遺伝子を原因候補として検討することの重要性が示されました。
病態理解の面では、「シナプス機能障害」が小脳変性疾患及び自閉スペクトラム症などの神経発達症の共通メカニズムであることを裏付ける成果であり、今後の創薬ターゲット探索に重要な手がかりを提供します。
治療面では、Rab3A-RIM1経路を補う分子標的治療や、シナプス小胞のリサイクルを保護する介入法の開発につながる可能性があります。
なお、本研究で同定したRAB3A R83W変異は、欧州の研究グループからも独立に報告されており、世界的に「Rab3A変異による新しい小脳失調症」として認知されつつあります。
研究プロジェクトについて
本研究は、東京都健康長寿医療センター高齢者バイオリソースセンター(高齢者ブレインバンク)(齊藤祐子部長、村山繁雄常勤特任研究員、松原知康非常勤研究員)、広島大学原爆放射線医科学研究所分子疫学研究分野(川上秀史名誉教授、久米広大准教授)、国立精神・神経医療研究センター脳神経内科(高橋祐二特命副院長)、大阪大学蛋白質研究所(水口賢司教授)などの研究者による協力の下に行われました。また、本研究は、厚生労働科学研究費(JPMH23FC1010)及び(JPMH23FC1008)の支援を受けて行われました。
論文情報
掲載誌:Human Molecular Genetics論文タイトル:“An R83W mutation in Rab3A causes autosomal-dominant cerebellar ataxia”
著者:Ryosuke Miyamoto, Ayuko Sakane, Hiroyuki Morino, Kodai Kume, Tomoyasu Matsubara, Tatsuya Fukumoto, Yusuke Osaki, Ryosuke Oki, Kenta Hanada, Konoka Tachibana, Masahito Nakataki, Yoshihiko Nishida, Yuji Takahashi, Kenji Mizuguchi, Shigeo Murayama, Yuko Saito, Hideshi Kawakami, Yoshimi Takai, Takuya Sasaki, Yuishin Izumi
オンライン掲載日:令和8年1月6日(日本時間)
DOI:10.1093/hmg/ddaf186
用語解説
*1 ミスセンス変異:遺伝子の設計図であるDNAの塩基配列が変化し、その結果、タンパク質を構成するアミノ酸の一つが別のアミノ酸に置き換わる変異です。タンパク質の働きが部分的に変化し、病気の原因となることがあります。*2 常染色体顕性遺伝形式:性別に関係なく発症し、原因となる遺伝子変異を1つ持つだけで病気が発症する遺伝形式です。親から子へ50%の確率で受け継がれます。
*3 GTP結合能:GTP(グアノシン三リン酸)と結合する能力のことです。GTPは細胞内で「スイッチ」の役割を果たす分子で、GTP結合能は多くの細胞内シグナルや神経機能の制御に重要です。
*4 プルキンエ細胞:小脳に存在する大型の神経細胞で、運動の正確さや滑らかさを調節する中枢的な役割を担っています。プルキンエ細胞の機能障害は、小脳失調や運動異常の原因となります。
*5 全エクソーム解析:ヒトの遺伝子のうち、タンパク質をコードする領域(エクソン)を網羅的に解析する遺伝学的手法です。疾患の原因となる遺伝子変異を効率的に見つけることができます。
*6 共分離:家系内において、特定の遺伝子変異と病気の発症が一緒に受け継がれている状態を指します。原因遺伝子を特定するうえで重要な証拠となります。
*7 孤発例:家族内に同じ病気の患者が確認されていない単独の発症例を指します。遺伝的要因だけでなく、新規変異や環境要因が関与している可能性があります。
*8 GTP/GDP サイクル:GTP結合型(活性状態)とGDP結合型(不活性状態)を行き来することで、タンパク質の機能がオン・オフ制御される分子スイッチ機構を指します。
*9 AlphaFold3:人工知能(AI)を用いて、タンパク質や核酸などの立体構造や相互作用を高精度に予測する最新の構造予測モデルです。
*10 野生型:遺伝子やタンパク質に変異がない、一般的に基準とされる正常な型を指します。
*11 PC12細胞:ラット由来の神経内分泌細胞株で、神経成長因子(NGF)刺激により神経細胞様に分化するため、神経機能解析に広く用いられています。
*12 活性型:タンパク質が機能を発揮できる構造や状態にあることを指し、細胞内シグナル伝達などにおいて重要な役割を果たします。
*13 GDP結合型変異:タンパク質がGDPと結合した不活性状態に偏りやすくなる変異で、正常な機能切り替えが障害される可能性があります。
宮本先生のコメント

研究成果については、こちら(https://academic.oup.com/hmg/advance-article/doi/10.1093/hmg/ddaf186/8415318?utm_source=authortollfreelink&utm_campaign=hmg&utm_medium=email&guestAccessKey=e87fa2e7-5a1f-467d-bea5-5301f532e9d3)から全文を見ることができます。
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