「年越し」にまつわる信州の方言や文化。私たちが一般的に使っている「二年参り」。実は信州など一部の地域だけで使われている言葉です。また、大みそかにごちそうやおせち料理を食べる「お年取り」も独特の風習・文化だと言われています。信州の「年越し」を深堀りしてみました。
■「二年参り」聞いたことある?
大みそかの善光寺。多くの人が「二年参り」に訪れていました。
2026年に―。
参拝客:
「なんでもウマくいくような年にしたい」
参拝客:
「家族も友達もみんな元気に仲良く過ごせたらいい」
大みそかの夜から元日まで年をまたいで神社仏閣を参拝する「二年参り」。「初詣」の一つの形です。
その行い自体は全国的にも珍しくありませんが、「二年参り」という言葉は、実は長野など一部の地域でしか使われていません。
実際―。
静岡出身:
「(「二年参り」は)今、初めて聞きました。初詣と言っています」
富山から:
「去年からここに並ぶようになり『二年参り』という言葉を聞いた」
神奈川から:
「神奈川ではあまり言わないですね。(神奈川では)通じる人と通じない人がいる」
信州人は―。
長野市出身:
「えっそうなの、初めて知りました。全国で使われていると思っていた」
長野市出身:
「長野だけらしいよと友達と話してて」
「大阪に行ったときに言われた」
新潟から訪れた参拝客は―。
新潟から:
「(「二年参り」は一般的な言葉ですか?)はい。『二年参り』行こうとか。えー、全然普通に使ってました」
「二年参り」は信州のほか、新潟や群馬などでも使われているとみられます。
ただ、なぜ、信州を含む一部地域で広がっているかは分かっていません。
■大みそかにおせち料理やごちそう
信州の「年越し」。独自の言葉や風習はこのほかにもあります。
「年取り魚」に「おせち料理」、刺身や煮物も。
大みそかの夜に食卓に並ぶ「ごちそう」。信州の「お年取り」です。
県内出身のNBSスタッフがそれぞれ自宅で撮影してきました。
NBSスタッフ:
「大みそかです。『おせち』ができあがりました。これから、年越しそばと一緒にいただきます」
こちらの「お年取り」は「おせち」と「年越しそば」です。
■東京出身者は「びっくり」
大みそかの夕食に一年の無事を感謝し家族で年取り魚やおせちなどのごちそうを食べる「お年取り」。
当たり前の光景ですが、実はこちらも信州ならではの風習・文化なんです。
特に「おせち」は全国的には元日に食べることが多いようです。
東京出身の妻は―。
東京出身:
「1日(元日)にごちそう食べる風習があったので、大みそかにごちそうがあるのはびっくりしました」
一方、長野市在住のスタッフの96歳の祖母は―。
NBSスタッフ:
「おせち料理はいつ食べる?」
スタッフの祖母(96):
「暮れの『年取り』から七草までが昔のお正月で(食べていた)」
NBSスタッフ:
「昔からずっと?」
スタッフの祖母(96):
「そうだよ、サケとブリとね」
■「早めでうれしい」「昔から」
3日、長野駅で県内外の人に大みそかの食事について話を聞くと―。
埼玉から(長野市の妻の実家へ):
「(大みそかは)たくさんいろいろ出てきたんで。ごはんたくさん出て、ごちそうたくさん出て」
「私は知らないです。基本的には私は(おせちなどのごちそうは)お正月に食べるイメージ」
福島から(大町市の実家へ)・母親:
「(31日の)夜はおせち食べたんです。私たちは、おせちは元旦に食べるから、あー早いって感じ」
息子:
「珍しかったけど、早めに出てきたらうれしいので良かった」
娘:
「うれしかった。食べること大好きだから」
母親:
「(大みそかにごちそう・おせち料理を食べることを何て言うか知ってますか?)わからない。(『お年取り』という)えー!初めて聞いたけど」
神奈川から(長野市の実家へ):
「(「お年取り」は)サケとそばとおせちとか」
長野市の実家の母親:
(どんな思いで「お年取り」の料理作る?)今年も年末を迎えられてありがたいと。(なぜ、正月料理を31日に食べるかご存じ?)分からないねえ。昔からの習慣ですかね」
■「旧暦」での考え方が関係か
なぜ、信州は大みそかの夜に「お年取り」と言って「おせち」や「ごちそう」を食べるのか?
食文化に詳しい長野県立大の中沢弥子教授に聞きました。
長野県立大・中沢弥子教授:
「私は熊本出身なのでこちら(長野)に来てまず驚いたのが、『お年取り』を皆さんが過ごしている様子で、これは旧来の旧暦の時代は日が暮れると次の日になるということで、12月31日に日が暮れると次の年ということで『お年取り』と言って、次の年になったとお祝いするというのは元々、旧式な旧来の伝統的なやり方だったそうで、そういった文化が北海道や東北や新潟などの甲信越地域だったり、九州の一部でも同じような形で古いやり方が残っていてお祝いするところはある。ただ、全県でやるっていうのでは、本当に長野県は古い伝統を大事にされているなって思う」
中沢教授は『お年取り』は明治時代の初期まで日本で使われていた「旧暦」が関係していると話します。
「旧暦」では日が暮れると次の日になったとされていました。今でいう「大みそかの夜」はすでに「新年」になっていたわけです。
当時の新年のお祝いが今も「お年取り」という形で残り、信州では「おせち」や「ごちそう」を食べる風習につながっているのではないかということです。
■信州に残る「旧暦」に合わせた行事
確かに信州は新暦から約1カ月遅れとなる「旧暦」に合わせた行事が多く残っています。
国の重要無形文化財「遠山郷の霜月祭り」は毎年、師走・12月に開催されますが旧暦の「霜月・11月」の名前をそのまま使い、開催時期も昔から変えていません。
桃の節句や七夕も旧暦に合わせて1カ月遅れで行事を行う地域があります。
例えば桃の節句の場合、3月3日は信州はまだ寒さも厳しく、「旧暦」に合わせ4月3日の桃の花が咲く時期に行っているとみられます。
長野県立大・中沢弥子教授:
「(信州は)旧暦は約1カ月遅れくらいで自然環境が整う、ちょうどそれにいい時になる感じ。理にかなっていて、私自身は旧暦で行うことの大事さを、食文化を勉強していると感じる。長野の方はそこを大事にしているから、本当に私は尊敬しているところ」
「二年参り」に「お年取り」―。
信州の「年越し」の風習や文化はこれからも受け継がれていきます。