日本で唯一、川越しの歴史を伝える島田宿大井川川越遺跡。この遺跡の一角にある川会所の移築工事がいま進められている。
東海道屈指の難所の川越し
「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」とうたわれ江戸時代、東海道屈指の難所として知られた大井川。
当時は軍事的な理由から橋を架けることも船で渡ることも禁じられていたため馬や人足を利用した“川越し”が行われていて、歌川広重の浮世絵・東海道五十三次にもその様子が描かれている。
大名など参勤交代の際に自前の籠に乗ったまま川を渡るために利用された道具は24人もの人足が必要だったそうだ。
川越しに要する費用は大井川の水位や人足の人数、さらに使用する道具などによって変わり、14代将軍・徳川家茂の川越しを描いた浮世絵から算出される費用は現代の貨幣価値で約3600万円に上ると言われている。
島田市博物館課の岩﨑アイルトン望 学芸員は「大井川の水位が今の高さで136cmを超えると、その日の川越しは禁止になる。そうなると島田まで来た旅人が泊まらざるを得なくなり、そこで東と西から来た多くの人たちの間で交流が生まれ、豊かな文化が育まれた」と大井川と島田宿との関係を解説してくれた。
5回目の移築となる“川会所”
川越しの人足を管理するとともに川を渡るための許可証を発行していた島田市の川会所。
築年数は約170年で当時の建物が現存しているのは全国でもここだけと言われている。
明治時代になって川越し制度が廃止されると、その後は小学校へと姿を変え、太平洋戦争の後には日本に帰還した人たちの仮住まいとしても使用されたそうだ。
今回で5回目となる移築工事について岩﨑学芸員は「現在建っている場所は江戸時代にあった場所ではない。江戸時代にあった元の場所に戻し、正しい歴史を後世に伝えていく」と移築の目的を教えてくれた。
建物に宿った思いを後世に
2025年8月から始まった工事の指揮を執るのは宮大工で棟梁の鈴木佑さん。
建物からは当時の職人たちの考えや仕事ぶりが感じられるそうだ。
工事現場を案内しながら鈴木さんが「これが江戸時代の大工の字で「水」という字。 水平はどこかっていうのを示す建物の基準」と教えてくれた。
一方で、増築可能な技法で施工されているにも関わらず、増築の記録が一切ないという謎めいた部分もあり「いまの建物はここで終わっていて歴史的にも（別の建物が）つないであった記録はない。なんでこうなっているのか謎」と不思議がる。
鈴木さんは建物に宿った思いや痕跡を読み解きながら「歴史の痕跡が残っているのは重要だと思う。それを残すためにいまの保存状態のまま、なるべくきれいに移築したい」とこの仕事にかける思いを明かした。
地元の歴史に興味を
工事は2028年1月に完了する予定で、島田市としても移築をきっかけにより多くの市民が地元の歴史に興味を持つようになればと願っている。
「建てられてから約170年間、役割を変えながら島田の人々に愛用されてきた建物が元の場所に戻り、大井川の川越しの歴史を後世に正しく伝える役割を持って、元の場所で島田の未来を見守ってもらえると嬉しい」と今回の移築にかける思いを岩﨑学芸員は改めて話してくれた。
旅人と旅人とをつないで来た川会所。
その建物が本来の場所で歴史を未来へとつないでいく。
（テレビ静岡）
