後を絶たない生まれたばかりの赤ちゃんが遺棄される事件。

2024年には、ゴルフ場のトイレに生まれて間もない赤ちゃんの遺体を遺棄した疑いで、28歳の女性が逮捕された。

こうした痛ましい事件を防ぐため、事情を抱えた親が匿名で、育てられない子どもを託せる「赤ちゃんポスト」の設置が注目されている。

大阪府泉佐野市は、全国初となる「行政主導」での、赤ちゃんポスト設置を目指すことを表明。

その取り組みについて関西テレビ「newsランナー」が徹底取材した。

■熊本市の「赤ちゃんポスト」では190人以上の子供が預けられる

11月、大阪府泉佐野市の職員が、熊本市にある慈恵病院を訪れた。2007年に全国で初めて「赤ちゃんポスト」が設置された病院だ。

「これが“こうのとりゆりかご”、赤ちゃんポストです。ベッドは1年中温められています」と看護師は説明する。

これまでに190人以上の子供が預けられたこの施設。

赤ちゃんポストは、これまで「民間」での取り組みに限られていたが、泉佐野市は全国で初めて「行政主導」での設置を目指している。

泉佐野市の千代松大耕市長は「望まない妊娠であったりとか、誰にも相談できずに結果として、悲惨な事件につながってしまうというケースもありますので、受け入れ態勢といいますか、そういうのも含めて必要」と語る。

慈恵病院の「赤ちゃんポスト」
慈恵病院の「赤ちゃんポスト」
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■“内密出産”の細やかな配慮

慈恵病院では、子どもが預けられると回転灯でナースステーションの看護師に知らせるシステムを導入。すぐに看護師が駆けつけ、1人は赤ちゃんを保護し、もう1人は母親のもとへ向かう。

「お母さんすみません…大丈夫ですか?お体の状態など聞かせていただきたいのですが、お話うかがう時間ありますか?」と看護師が母親に声をかける。

母親が虐待を受けていて家族に相談できないケースや、母親が何らかの障害を抱えているとみられるケースもあり、専門的な知識をもった看護師たちの対応が求められる。

さらに、慈恵病院では「内密出産」の取り組みも行っている。

事情を抱えた妊婦が“病院の関係者だけ”に個人情報を明かして出産する仕組みだ。取材班が訪れた「エンゼルルーム」と呼ばれる専用の病室は、花柄のベッドに落ち着いた壁紙が使われ、安心して過ごせる空間となっていた。

慈恵病院では4年前から「内密出産」の受け入れを始め、60人の赤ちゃんが生まれている。この受け入れも目指す泉佐野市の職員は、体制の大きさと細やかさに驚きを隠せない様子だった。

視察した泉佐野市こども部の職員は「率直な意見としまして、思っていた以上の規模、大きさであったと実感」「預けに来る人の立場に立った施設の作り方、いろんな面で改善されているなと参考になった」と語りました。

「エンゼルルーム」と呼ばれる専用の病室
「エンゼルルーム」と呼ばれる専用の病室

■「ゆりかごに預けられた1人目」の男性が語る“ゆりかご”の意味

宮津航一さん:私は、この“ゆりかご”に3歳で預けられたんですね。想定外でした。“ゆりかご”の絵と扉の外観が、私の頭の中に今も鮮明にはっきりと写真に撮ったかのように、記憶として残っています。

18年前、慈恵病院の赤ちゃんポストに3歳で預けられた宮津航一さん(22)。設置初日に預けられた「1人目」の子供だ。

預けられた際、アンパンマンのジャージを着て、保育器の上に座っていたという航一さん。里親として引き取った宮津さん夫妻は、そんな航一さんの生い立ちを隠すことなく伝えてくれた。

預けられた時の持ち物
預けられた時の持ち物

■「“ゆりかご”に預けてくれたことに私は感謝」宮津航一さん

「『航一くんは“ゆりかご”に預けられたんだよ。預けられたから命を救ってもらって、今、私たちと一緒に暮らすことができてるんだよ』と、できる限り私がプラスに捉えられるよう生い立ちを伝えてくれた。“ゆりかご”に預けてくれたことにまず私は感謝してる。預けてくれてたから、命が助かったわけですし、今の両親や家族、色んな活動の仲間にも出会えた」と航一さんは語る。

その後、実の母親は航一さんが生後5カ月の時に交通事故で亡くなり、引き取った親族によって“ゆりかご”に預けられたことが分かったが、その事実もプラスに受け入れることができたという。

航一さんは、泉佐野市が行政主導で赤ちゃんポストの設置を目指していることに、期待を寄せている。

宮津航一さん:ただ“ゆりかご”を作っただけでは、子供たちは救われないわけで、その後の環境も整えてあげないといけないわけですし、保護者のフォローもしっかりできた方がいいわけですから、社会のセーフティーネットを強くするのが、行政の強みだと思うので、そこにも目を向けて、幅広くつくってほしいと思う。

宮津航一さん
宮津航一さん

■行政主導で“匿名性”が保障できるか

「行政主導の“赤ちゃんポスト”には課題もある」と指摘するのは、慈恵病院の蓮田健院長だ。

「匿名性が保障されなければ、赤ちゃんポストでも内密出産でもない。これまでの行政サービスというのは、基本的には名前・身元を明かさないといけない。匿名を前提とした行政サービスがどこまでできるのか」と懸念を示す。

複雑な事情を抱え、どうしても身元を明かせない女性たちを行政がどこまで理解し、「匿名性」を担保できるのか、蓮田院長はその実効性に注目している。

「助けたい気持ちは皆さん共通だけれども、どこまで自分たちの責任問われることを甘んじて受けるのか、そこは試されるところ」と指摘する。

これに対して泉佐野市の千代松市長は「しっかりと今後、病院といろいろとですね、協議を重ね検討を重ねながら、匿名性を担保できるような形で進めてまいりたいと考えております」と答えた。

慈恵病院の蓮田健院長
慈恵病院の蓮田健院長

■児童相談所は「大阪府」の管轄 連携に課題

取材した関西テレビ・加藤さゆり記者は、泉佐野市が直面する課題として「覚悟」が問われていると指摘する。

具体的な課題として、加藤記者は「行政主導で泉佐野市が匿名性を守れるか」だと話す。赤ちゃんポストや内密出産の法整備は不十分だ。

加藤さゆり記者:事情を抱えた妊婦さんは匿名性を守って欲しい。一方で赤ちゃんポストに預けられたお子さんや内密出産で生まれた赤ちゃんは、やがて成長をして実の親のことが知りたいとか、出自を知りたいと思うことがあるかもしれない。

熊本市の例では、赤ちゃんポストや内密出産で生まれた赤ちゃんは、児童相談所が一時保護をして養育先を決定する。しかし、泉佐野市には児童相談所がなく、大阪府が管轄することになる。

そうなると、大阪府が親の身元や家庭環境などを調査しなければいけないが、赤ちゃんポストは匿名性を前提としているため、調査には限界がある。

親の情報が分からないケースが出てくることが考えられ、泉佐野市は大阪府に依頼する形で事業を進めていかなければならない。

また、児童相談所は元々人手不足で、大阪府の場合も年間1万5000件近くの虐待相談に対応している。それに加えてこうした社会調査のような業務が増えれば、負担が大きくなることも懸念される。

加藤さゆり記者
加藤さゆり記者

■「赤ちゃんポストの設置は赤ちゃんポストをなくす取り組みである」

事業の財源についても課題がある。泉佐野市はふるさと納税などを原資とした基金を活用する方針だが、大阪府との連携における具体的なフローはまだ決まっておらず、「府の税金を使う可能性も出てくるかもしれない」と加藤記者は説明する。

大阪大学大学院 安田洋祐教授:自治体連携の運用を間違えると、大変なところは府に“おんぶにだっこ”となってしまうとやや本末転倒ですけれども、泉佐野市としても真剣に向き合っていかないとうまくいかない。新たな事例として成功にも期待したいです。

加藤記者は、取材の中で、「赤ちゃんポストの設置は赤ちゃんポストをなくす取り組みである」という声を聞いたと言う。

加藤さゆり記者:本来は赤ちゃんポストが必要ない社会が望ましいわけです。どうしたら赤ちゃんポストを利用しない女性を増やしていくか。預けられた子供の将来をどうフォローしていくか、社会が考えるきっかけになればいいと思いました。

命を守るための最後の砦として、どのような体制を構築できるか問われている。

(関西テレビ「newsランナー」2025年12月9日放送)

加藤さゆり記者
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関西テレビ
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