高校3年生の杉本千明さん。彼女が戦う世界には、「音」がない。
11月に開催された東京2025デフリンピック。耳が聞こえない・聞こえにくい人のためのオリンピックだ。
憧れの舞台に立つまで、千明さんが歩んできた道のりとは。
■『千明の耳聞こえてないん違う?』目の前が真っ暗になって…
聴覚に障害があるとわかったのは、千明さんが2歳の時。母の真紀さんは、その時のことを今も鮮明に覚えている。
千明さんの母・真紀さん:私は気づくのが遅くて、2歳過ぎた頃に私の父が「千明の耳聞こえてないん違う?」って言ったことがきっかけに、病院に連れて行って聞こえないってことがわかったんですね。プチパニックです。
千明さんは生まれつきの感音性難聴であることが分かった。音は全く聞こえていなかった。
千明さんの母・真紀さん:目の前が真っ暗になって、どうしていこう、どうやって育ててったらいいんだろうって。2年間、私はなんで気づかなかったんだろうっていう感じでしたね。
人工内耳の手術を経て、補聴器を装着しての高校生活。先生の声が文字化される機器を使って、授業を受けている。
音ではなく、唇の動きを見て相手の言っていることを読み取り、会話する千明さん。
一見、日常生活に支障がないように見える。

■唇の動きを読み取り会話「口元が見えなくなると途端に…」
しかし、家族で何度も訪れている水族館でも、飼育員の口元が見えなくなると途端に状況がわからなくなる。
千明さん:やっぱ聞こえないのが、楽しいけど、他の人よりかはちょっと…面白さがちょっとだけど減っちゃう。
アナウンスの音が鳴っているのはわかっても、何を言っているかは「全くわからない」という千明さん。
「口の形が見えたら全部読み取れる」ものの、困るのは新しい言葉だそうだ。
千明さん:他の高校生と比べたら、語彙力がどうしても少なくなってしまうから、突然出てきた単語とか、他の高校生だったら普通は知っているであろう言葉を知らなかったりするので、『あれ?なんだろう?』とか。

■「言葉」を覚えるという闘い 3歳からろう学校に通い“発音のトレーニング”
生まれつき音が聞こえない千明さんに、「言葉」を教えてくれたのは、3歳から毎日親子で通ったろう学校だ。
千明さん:自分、クラスの子で1番背低かったから、少しでもみんなに追いつきたいって、みんなで背比べしてたのを覚えてます。
自分の声が聞こえないため、まず取り組んだのが、発音のトレーニング。そして、絵や記号を見て、言葉を覚え、意味を理解、相手の口の動きを読む。厳しい特訓を経て、いまの千明さんがいる。
当時の担任だった田中美也子さんは、千明さんをこう振り返る。
当時の担任・田中美也子さん:勉強も一生懸命やってたよね、お母さんも一緒に毎日おうち帰ってからも勉強してたと聞いてたし、学校でも泣かないで一生懸命勉強していた。
千明さんは、多くの人に知ってほしいことがあると言う。
千明さん:聞こえないって言われると、いま、言葉が少し他の人より聞きにくいみたいに思われがちなんですけど、そうじゃなくて、生まれつき言葉を一から覚えるっていうところまで気づく方が少ないので、そのことを知ってもらえたらな。

■両親の勧めで始めたテニス 「もっと強くなりたい」とテニスの強豪校に進学
小学1年の時に出会ったのがテニス。人と関わり、会話することを好きになってほしいと両親に勧められました。
千明さんの母・真紀さん:本当にテニスやってくれてよかったし、もう嬉しくて仕方がないです。本当に良い仲間に巡り合えたので、千明自身がテニスも好きだし、毎日楽しくて仕方がないみたいなんですね。
千明さんの母・真紀さん:聞こえない子の子育てを経験したときに、大変は大変やったし、たくさん時間を割いたのは割いたんですけど、とにかく楽しかったんですよね。
テニスが大好きになり、もっと強くなりたいと進学先に選んだのは、テニスの強豪校。健常者と一緒にプレーしている。

■練習での困難 プレー中、千明さんには「届かない声」
練習メニューは、わからなければチームメイトに確認することができますが、難しいのは、プレー中。
体を動かしているときに飛んでくるアドバイスは、千明さんには届かない。
練習の合間に監督に聞きにいくものの、チームメイトより指導の頻度は少なくなってしまう。
監督にとっても聴覚障害のある生徒を指導するのは初めてだ。
京都外大西高校女子テニス部 上田大元監督:部活動はコミュニケーションも大切になってくるし、こっちが言ってることが伝わらなかったらどうしようとか、ちょっと不安なところはありました。
テニスにしっかり向き合って、どんな練習でも真面目に取り組むし、プレーで周りを引っ張ってくれるような、行動で示してくれるところが、チームの中では大きな存在になってるのかなと思います。

■厳しい練習を経てつかんだ、デフリンピックへの切符
厳しい練習を経てつかんだのが、デフリンピックへの切符だった。
出場する女子ダブルスでの世界ランキングは11位。ペアとのコミュニケーションが重要ですが、組む相手は大学4年の宮川百合亜さん(21)。
千明さんは経験豊富な先輩の宮川さんに自分の思いを伝えることが少し苦手なようだ。
千明さん:百合亜ちゃんがいろんな経験してて、実力がすごくあるので、正直助けてもらう場面の方が多いんですけど、もっと自分らしさを出せるようになったら、もっといい結果が出せるようになるんじゃないかなとは思います。
1回戦は中国のペアに快勝。2回戦、準決勝も順調に勝ち進み、決勝戦にまでのぼりつめた。
有明コロシアムで行われる決勝戦を前に千明さんは思いを語る。
千明さん:今は楽しみの方が大きいです。念願のコロシアムで決勝を行うことができるので、わくわくでいっぱいです。全力でペアと楽しんで、勝つことを目標として頑張りたいと思います。

■世界ランク1位との決勝戦 勝てば金メダル 結果は…
対戦相手は世界ランキング1位、同じ日本代表のペアです。勝てば金メダル。
1セット先取され、迎えた第2セット。互角の打ち合いが続きますが、なかなかポイントは取れません。それでも、積極的に自分からコミュニケーションを取り、食らいつく。
しかし、世界ランキング1位には及ばず、銀メダルだった。
千明さん:決勝までいって、メダルを獲得するのがずっと目標だったので、一安心っていうか、よかったです。(帰ったら)家でお母さんの作った料理食べたいです。
千明さんの母・真紀さん:頑張って作ります。肉が好きなので肉料理にします。
次の目標は、4年後の金メダル。“音”のない世界で千明さんは輝き続ける。
(関西テレビ「newsランナー」 2025年11月26日放送)

