大分市で起きた大規模火災は25日で発生から1週間です。TKUは発生の翌日、大分の系列局の応援として記者が現地に入りました。現場でいったい何が起きていたのか、防災の専門家への取材を交え『火災への備え』について考えます。
【堂前 泉紀 記者】
「火災の発生から約38時間が経過し、3日目の朝を迎えました。少し離れたこの場所にも焦げ臭いにおいが立ち込めています」
大量の黒煙とともに、激しく燃え上がる炎。懸命な消火活動によっても火の手は収まらず、さらに勢いを増し周辺の山林などにも燃え広がりました。
これは、11月18日の夕方、大分市佐賀関で発生した大規模火災です。
「関アジ」や「関サバ」が水揚げされる漁港としても知られる佐賀関。この港町を大火が飲み込みました。
【住民】
「一気に火が回った。燃え上がって山の方に行くまでどれくらいあったか、5分もないくらい」
空き家も点在する住宅密集地で起きた今回の火災。防災システム研究所の山村 武彦所長は、「いくつもの悪条件が重なった」と指摘します。
【防災システム研究所 山村 武彦 所長】
「一番の問題は乾燥していること、そして強風が吹いているので延焼拡大しやすい状態。空き家だと壁や屋根が荒れていればそこに火が着火しやすい。延焼スピードが早くなる要件を、空き家とか乾燥、強風が相乗し非常に悪い条件が重なった」
【堂前 泉紀 記者】
「あちらが火元の住宅街です。現在、この場所から煙のようなものは確認できません。しかし、反対側に目をやると離島からは現在も白煙が上がっています」
また、現場から海を挟んで約1.4キロ離れた離島でも火災が発生。山村所長は「強風による飛び火が原因ではないか」と分析します。
発生から1週間が経った今も鎮火に至っていない今回の火災。
大分市によりますと焼け跡から76歳の男性が遺体で見つかったほか、住宅など約170棟が焼け、焼損面積は、少なくとも4.9ヘクタールに上っています。
なぜここまで被害が拡大してしまったのか。地元の住民はこう証言します。
【住民】
「条件が悪い、一番悪いのは道路、道路が狭い。今の消防車では通れないのではないか」
狭い路地が入り組む住宅密集地が消火活動の足かせになったとみられています。
【防災システム研究所 山村 武彦 所長】
「消防車が入れないということは(火元に)近づくことが大変困難なのと限られた方向でしか消火活動ができない可能性がある。消火作戦がなかなか取りづらい状態にあったのではないかと思う」
避難所となっている佐賀関市民センターには家を失った多くの人が身を寄せています。
【山田 二三夫 さん】
「私だけ燃えなかった、実家も全部燃えて、どうしようかなと」
被災した集落の一つ、田中地区の自治会長、山田 二三夫さんです。
田中地区では、住民同士の『日頃からの声かけ』によって一人の犠牲者も出さずに避難できたといいます。
【山田 二三夫 さん】
「高齢者地区で平均年齢が72歳、足腰が弱い人もかなりいるが、(地域の)班が連携して連れてくる。それが自然に形づいているので、『これはやばいぞ、(住民同士で)避難しよう』と」
山村所長は、この田中地区での避難行動について「災害時の手本にすべき」と評価します。
【防災システム研究所 山村 武彦 所長】
「大規模災害発生時には、全ての家に消防、警察、自衛隊、防災関係機関がすぐに駆け付けることができない。互いに近くで助け合うことが非常に重要」
ストーブなどの暖房器具を使用することが多くなるこれからの時期。山村所長は、大分で起きた今回の火災を「対岸の火事」と捉えず自分の事として備えてほしいと呼び掛けます。
【防災システム研究所 山村 武彦 所長】
「ストーブや火気使用器具の周りを片付ける。今のうちに防災大掃除をやってほしい」
【スタジオで記者解説】
【郡司 キャスター】
ここからは現地を取材した堂前記者とお伝えします。
県警キャップの堂前さんは県内で発生した多くの火災現場を取材してきましたが、今回、現地に入ってどんな印象を受けましたか。
【堂前 記者】
私は火災が発生した翌日の19日に現地入りし、その翌日、20日まで取材を行いました。住宅など約170棟が燃えていて、その焼損面積の広さに衝撃を受けました。
消火活動が続けられていたため広い範囲に規制線がはられていて現場に近づけない状況でした。
【中原 キャスター】
堂前さん、避難所の取材では住民からどんな声が聞かれましたか。
【堂前 記者】
多くの住民が家を失い落胆した様子でした。しかし、皆さんが「命が助かったことがなによりも良かった」と、話されていたことが印象に残っています。
港町の大分市佐賀関は南海トラフ巨大地震が発生した場合、9メートルの津波が押し寄せるとされています。
そのため、この地域の住民は定期的に津波の避難訓練を行っていました。
VTRでも紹介しましたが住民同士が声を掛け合い迅速に避難できたのはこうした日頃からの災害への備えが実を結んだといえます。
【郡司 キャスター】
一方で避難する際に課題もあったそうですね。
【堂前 記者】
住民からは「着の身、着のまま飛び出したので、通帳や持病の薬など大切なものを家に置いてきてしまった」という声が聞かれました。
事前の準備が不足していたことを悔やむ住民も多くいたようです。
これについて防災システム研究所の山村 武彦 所長は「いざというときに備え、玄関などすぐに持ち出せる場所に持病の薬や貴重品などを入れた持ち出し袋を準備することが重要だ」と話していました。
【郡司 キャスター】
堂前さんは今回の取材でどんなことを感じましたか。
【堂前 記者】
住民同士で助け合う『共助』の大切さを感じました。この地域では日頃から住民同士が「顔が見える関係」を築いていました。
今回の火災のように大規模な災害が発生した際にはこうした住民同士で助け合う「共助」、「地域の絆」が不可欠です。
日頃から隣近所と良好な関係を築き、災害に備えることが重要だと感じました。