「手打ちですね。最高」。富山市の老舗そば店「まるぜん」に訪れた馴染客の喜びの声が店内に響いた。創業92年の歴史を誇るこの店が、1年半ぶりに営業を再開した。店を引き継いだのは、オーストラリア出身の31歳、リチャード・グッドレットさん。亡き義父の味を守るために奮闘する姿を追った。
■異国の地で守る富山の名物
千石町通り商店街にある「まるぜん」は、生薬を練り込んだ「くすしそば」や元祖ブラックラーメンを再現した「だいき」が地元の人々に長く愛されてきた。しかし昨年4月、先代店主の窪田憲修さんが病で急死。店は休業を余儀なくされた。
その名物の味を絶やさないと決心したのが、窪田さんの娘婿であるリチャード・グッドレットさん、通称リッチーだ。彼は窪田さんの長女・有起さんとオーストラリアで出会い、結婚を機に3年前から富山市に移住していた。
「休みの日に仕込みとかいろいろなことを教えてもらった。(義父は)すごい人だと思う」とリッチーさんは振り返る。
■一から学んだ料理の腕
リッチーさんは市内の飲食店で約1年半修行した。初めて見る魚も多かったというが、今では三枚おろしもお手の物だ。
「すごい真面目ですし、勉強熱心だと思いますよ。僕がまかないとか作っていたら、すぐ横に来て『銀さん何作ってるの?味見していい?』って」と同僚は語る。
特に店の看板メニュー「くすしそば」の再現には力を入れた。リッチーさんは義父のレシピと調理の様子を撮影した動画を何度も見返し、練習を重ねてきた。
「祖父のレシピだから、すごい歴史長いし。完璧にできるまで時間はかかると思います」と語る。
■再出発の日、義父の思いを胸に
オープン当日。リッチーさんは義父である窪田さんの写真を見ながら「ずっと(義父が)横にいる気持ちはある。(写真)見てたらすごい頑張るの気持ちが沸いてくる。自分の心は燃えとる、頑張りたい」と決意を新たにした。
午後5時、「ヘイ いらっしゃい」という元気な声で客を迎えるリッチーさん。初日は馴染みの客で満席となった。看板メニューの「くすしそば」はまだ研究中だが、義父から教わった「だいき」などのメニューは健在だ。
「おいしい」と舌鼓を打つ客の声に、リッチーさんは「義父の作っていたラーメンが売り切れた。たぶん憲修(義父)も喜んだと思うよ。よしって言っとるな。(義父に)会いたいな」と感慨深げだ。
■家族を支え、伝統を継ぐ
リッチーさんの再出発を支えているのは妻の有起さん。彼女のお腹には新たな命も宿っている。
「もう臨月です。ちょうどかぶってしまったんですけど。海外から日本に来てお店をやるってすごい覚悟のいることだと思うし、私たち家族を引っ張って行ってくれたので、すごく感謝しています」と有起さんは夫への思いを語る。
現在は夜のみの営業だが、慣れてきたら昼の営業も始めたいという。そして何より、リッチーさんの目標は名物の手打ち「くすしそば」を再現すること。
遠い故郷を離れ、異国の地で家族と共に亡き義父の味を守り続ける。そんなリッチーさんの挑戦は始まったばかりだ。