親が育てられない赤ちゃんを匿名でも預かる、慈恵病院の『こうのとりのゆりかご』、いわゆる『赤ちゃんポスト』。そして病院の担当者にのみ身元を明かして出産する『内密出産』について。これまで国内の病院で唯一、熊本市の慈恵病院だけが取り組んできたが、2025年に東京の病院が新たに受け入れを開始。さらに大阪でも検討が進んでいて、広がりを見せている一方で、現場では混乱を訴える声が上がっていることが分かった。
『赤ちゃんポスト』開設から18年で
東京・墨田区にある賛育会病院が2025年3月31日に、いわゆる『赤ちゃんポスト』そして『内密出産』の受け入れを始めた。賛育会病院の賀藤均院長は「本日午後1時より『内密出産』ならびに匿名での生後4週間以内の赤ちゃんの預け入れである、いわゆる『ベビーバスケット』の取り組みを開始します」と発表した。

さらに6月、大阪の泉佐野市が自治体主導で来年度にも取り組む考えを表明。大阪の泉佐野市の千代松大耕市長は「望まない妊娠であったりとか、誰にも相談できずに結果として悲惨な事件につながってしまうというケースもあるので必要ではないか。行政として、各方面と協力しながら進めていけるのではないかと考えた」と述べ、市議会が関連予算案を可決した。

『赤ちゃんポスト』は熊本市の慈恵病院が『こうのとりのゆりかご』として2007年に国内で最初に開設して18年。また『内密出産』は同じく慈恵病院が2019年に導入を表明して6年。ようやく大都市圏で新たな動きが出てきた。

それは国内の病院として唯一活動してきた慈恵病院・蓮田健理事長が長年、願ってきたことでもあったが…。8月28日、TKUの取材に慈恵病院の蓮田理事長は「日本における、いわゆる『赤ちゃんポスト』とか『内密出産』の方向性が今変わろうとしていて、岐路に立たされていると思う」と答えた。
「日本における方向性が変わろうと…」
これは内密出産を希望して東京・賛育会病院に相談した女性が熊本市の慈恵病院・蓮田理事長に訴えた内容の一部だ。

5月14日 佐藤さん(仮名)
「今もうブラックリストに入ってるはずだけど、どこかでお金借りようと思います」
5月18日 佐藤さん(仮名)
「もうどうしたらいいかわからないです」

蓮田理事長は「(東京・賛育会病院から)匿名性の撤回を求められ、費用の負担も求められ、その女性が混乱状態になって(相談してきた)」と話し、慈恵病院には同様の相談がこれまでに15件以上寄せられていて、その後、東日本から慈恵病院に来て内密出産をしたケースが5例に上っているという。

蓮田理事長は「『赤ちゃんポスト』とか『内密出産』という看板は出ているが『どうせ頼っても、名前を明かすよう説得される』と思えば、女性たちは頼らなくなるので、この二つのシステム自体が危うくなってくると思う」と危機感を示した。

蓮田理事長は女性たちからの相談をもとに、8月に賛育会病院に対し匿名性の保障や内密出産に係る費用などについて回答を求める質問状を提出。また関係する墨田区や東京都、こども家庭庁へも、見解を尋ねる文書を提出した。

蓮田理事長は「日本における、いわゆる『赤ちゃんポスト』とか『内密出産』の方向性が今変わろうとしていて、岐路に立たされていると思う。今、各医療機関は自分たちの方針でやっている。今回の賛育会病院の動きは病院側のリスクを回避するために(匿名性の撤回を求め費用負担を求めて)変形し、変質し始めている」と指摘する。

東京・賛育会病院はTKUの取材に対し「慈恵病院から病院長宛ての質問状は受け取ったが、どう対応するかなどについて、メディアには答えられない」とし、また「内容は個人情報に当たるのでコメントはしない」としている。
「国としての姿勢の違いが大きい」
7月に熊本市の大西一史市長はフランス・エクサンプロヴァンス市の総合病院を視察した。フランスでは匿名での出産が法制化されていて、国内すべての医療機関で対応している。

9月1日にTKUが大西熊本市長に話を聞くと「(フランスでは)確立された法律があって運用され、協力する機関がいくつもあって、ちゃんと連携して機能している」と話す。

フランスでは匿名での出産を希望する女性を医師や助産師、乳幼児専門看護師、家族・夫婦間アドバイザーなど、多様な専門職がサポート。出産後も国が一貫して、女性や生まれた子どもを支援する仕組みが確立されているという。

大西熊本市長は「予期せぬ妊娠で悩む人たちに対しても、きちんと対応していくことを、やはり法律で定めて、その体制をしっかり構築するということ。それにより各自治体も民間企業・団体の協力も求めながらやっていく体制がつくられている。国としての姿勢の違いがやはり大きいなと思った」と述べた。
「同じような失敗してほしくない」
慈恵病院の『こうのとりのゆりかご』への赤ちゃんの預け入れは2024年度末までに193人、そして『内密出産』はこれまでに56例に上る。『内密出産』をめぐっては慈恵病院には最近、これまでになかった新たな相談も寄せられている。

蓮田理事長は「未成年の女性が内密出産を求めて来る。『未成年だからできない』と突き放してしまうと、結局頼る所がないので、一人でどこかで隠れて出産する可能性がある。殺人とか赤ちゃんの遺棄につながる可能性があるので、突き放すことはできない。赤ちゃんが亡くなったりすれば相当後悔すると思う」と話す。

法制化されていない日本で新たに取り組む方針の大阪・泉佐野市は、先進事例として近く慈恵病院や熊本市などを視察する予定だ。

大西熊本市長は「その後の養育や(子どもの)出自を知る権利の問題だとか、いろいろな問題がどんどん出てくる可能性がある。自治体の長として(『赤ちゃんポスト』に預け入れられたり『内密出産』で生まれた)子どもの名付け親にもなる場合があるので、責任とその重さを私としては伝えられればいいと思っている」と話した。

そして蓮田理事長は「これまで慈恵病院が培った18年間の経験を、他の地域でも生かしてほしい」と語る。

「当初は慈恵病院の職員が赤ちゃんを預けた女性を追いかけて行って、説得した時期もあった。『赤ちゃんのためだったら、名前を明かすのもありなのではないか』と思ったこともあったが、女性からすると、全然そういうつもりはなくて、信じて(赤ちゃんを預け入れに)来ている。『匿名性を保障してくれる』と話し、運営当初の『失敗』を振り返る。

蓮田理事長は「私どもと同じような失敗を一からしてもらいたくない。女性の実情に合わせないと赤ちゃんも助からないので。他人の失敗を踏み台にして、スタートしてもらいたい。大阪でもぜひ慈恵の失敗を繰り返さないような形で、活動してほしいと思っている」と話した。

岐路に立つ『赤ちゃんポスト』『内密出産』。大都市圏へ広がる一方、今なお手探りの状態が続いている。
(テレビ熊本)