プレスリリース配信元:国立大学法人千葉大学
千葉大学大学院医学薬学府修士課程2年 磯野友宏氏、大学院薬学研究院 原田慎吾准教授及び根本哲宏教授の研究グループは、銅(Cu)を用いた触媒(注1)とコンピューターによる分子のシミュレーション(量子化学計算)を駆使し、医薬品や創薬の候補となる天然有機化合物に数多く含まれる「インドール骨格(注2)」の狙った位置だけを効率的に修飾する新たな手法を開発することに成功しました。本研究成果によって、インドール骨格を持つ多様な分子の前駆体を、簡便かつ選択的に合成することが可能となり、今後のインドール化学や創薬研究のさらなる発展が期待できます。
本研究成果は、2025年7月15日に英国王立化学会誌 Chemical Science に掲載されました。
■ 研究の背景
私たちの身の回りにある医薬品や機能性材料には、「インドール (図1ハイライト部分)」という共通の骨格を持つ化合物群が数多く活躍しています。例えば、片頭痛の薬や一部の抗生物質もインドールの仲間です。また、このインドールは様々な薬理効果を有するインドールアルカロイドの基本骨格でもあり、医薬化学において非常に重要な分子構造です。しかし、インドール骨格中の、ベンゼン環と呼ばれる部分の特定の位置(C5位およびC6位)は、比較的反応性が低く、特定の位置を選んで化学変換を行う「位置選択性」の制御も難しいため、これまで直接的かつ効率的な修飾法は確立されていませんでした(図2)。
研究グループは以前より、用いる触媒金属種によって反応の特徴が変わる金属カルベン(注3)の研究を行っていました。一般的に、ロジウム(Rh)という金属がカルベン反応で広く用いられていますが、ロジウムはレアメタルであり非常に高価です。今回の研究では、より安価な金属である「銅」を利用することで経済的負担が少なく、かつ医薬候補分子をより効率的に合成できるような、インドールC5位に対する新規反応の開発に挑戦しました。
■ 研究成果1- 直接的アルキル化の達成
アルキル化とは、分子に炭素の鎖(アルキル基)をつける化学反応のことです。アルキル化の開発によって、分子の構造をより自在に変換できるようになることで、薬効や活性が高く新薬の候補になり得る新しい化合物を作れる可能性が高まります。既存の反応では、インドールC5位のC-H結合を直接的かつ効率的にアルキル化することは困難であり、アルキル化体を合成するためにはハロゲン化など多段階を経由する必要がありました(図3上部)。そこで本研究では、ジアゾ基(C=N2)を有する化合物と銅触媒を用いて銅カルベン種を発生させ、それをインドール誘導体と反応させることで、C5位に炭素鎖(黄色ハイライト部分)を導入する反応の開発に挑戦し、最大91%という優れた収率で目的物を得ることに成功しました(図3下部)。この反応は様々な構造をもったインドール誘導体に適用可能であるため、多様な医薬品候補分子を効率的に合成する道を拓きます。
■ 研究成果2- 計算化学(仮想空間)と実験(現実世界)を駆使した反応機構解析
研究グループは、DFT計算(注4)を駆使して反応機構の解析を行うことで、興味深い機構で反応が進行している可能性を見出しました。理論計算によって導き出された仮説は、アルキル化反応がインドールC5位で直接起こるのではなく、C4位で炭素-炭素(C-C)結合を形成(図4左)した後、3つの原子が環状につながる、三員環構造を有する中間体(図4中央)を経て、C5位に結合が移動(図4右)するというものでした。この仮説の妥当性を検証すべく実験を行ったところ、理論計算により導かれた反応経路の裏付けとなる実験結果が得られました。
■今後の展望
今回新たに開発したアルキル化反応によってインドール誘導体の合成が効率化し、医薬開発のさらなる加速が見込まれます。また、理論計算が導出したユニークな機構から得られる知見に基づいて、より効率的なインドール類の修飾反応および関連手法のさらなる開発が進み、本研究領域が発展することが期待されます。
■ 論文情報
論文タイトル: Copper-catalyzed direct regioselective C5-H alkylation reactions of functionalized indoles with α-diazomalonates
著者:Tomohiro Isono, Shingo Harada, Mai Yanagawa, Tetsuhiro Nemoto
雑誌名:Chemical Science
DOI: 10.1039/D5SC03417E
■ 用語解説
注1)触媒:自身は変化しないが化学反応を促進する機能(活性化エネルギ―を下げる作用)を持つ物質のこと。一般に高い活性を有するものが多い。
注2)インドール骨格:多くの天然物質や医薬品に共通して見られる生体に重要な化学構造。さまざまな「飾り」がつくことで、全く異なる働きを持つ物質に変わる。「幸せホルモン」のセロトニン、「睡眠ホルモン」のメラトニン、ジャスミンの香り成分、鎮痛剤のインドメタシンや片頭痛薬のスマトリプタンなどの、身近な化合物に頻繁に含まれている。
注3)金属カルベン:炭素原子は四配位の状態(結合の手が4本)が安定であるのに対して、不安定な中性二配位の状態であるカルベンに、金属が配位した状態の活性種のこと。
注4)DFT計算:密度汎関数理論(Density Functional Theory)に基づく計算手法。電子密度やエネルギーなどの分子の物理化学的性質を予測することが可能。
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