静岡県伊豆半島の西側に位置し、富士山と駿河湾に囲まれた静岡県沼津市。
言わずと知れた観光スポットのひとつである沼津港には、千鳥観光汽船が運営する遊覧船がある。
駿河湾の美しい景色を眺めるベーシックな遊覧だけでなく、沼津の厳選した食材を使用した食事を堪能できるレストランクルーズなど多彩な企画が用意されており、何度乗船しても新鮮な楽しさがある。
千鳥観光汽船の歴史は長く、2024年に開業75周年を迎えた。
近年は、家族連れやカップルなど個人旅行者に親しまれる存在となっているが、コロナ以前は主に団体バスツアー利用が中心だったという。
ここ数年の間に千鳥観光汽船を取り巻く状況にどのような変化があったのか。
また、ユニークな企画を生み出し続ける意図とは。
千鳥観光汽船の親会社である株式会社浜友E.F.の観光船舶部で課長を務める小林 直貴に、これまでの挑戦と今後の展望について話を聞いた。
静岡県の観光を盛り上げるために「沼津エリア唯一の観光船舶を残したい」
沼津港は伊豆半島西部の海上交通の拠点、水産流通の拠点として長い歴史がある。
今でこそ車社会となっているが、千鳥観光汽船が開業した当時の移動手段は公共交通機関がメインで、その中に船を使った海上交通も含まれていた。
千鳥観光汽船を含む複数の企業が海上交通を行う船舶事業に参画していたという。
しかし、道路の整備が進み、車での移動が一般的になるにつれ海上交通の需要が縮小し、船舶事業を行う企業の数は減少。
その中で沼津港で唯一残っていたのが観光船舶事業も行う千鳥観光汽船だったが、コロナ禍、売上の大半を占めていた団体利用が激減し経営は深刻な状況に陥り、会社の存続が危ぶまれる状況にあったという。
小林は当時の状況について
「千鳥観光汽船の存続を聞き、このままだと沼津から船舶事業がなくなってしまう。それは沼津だけでなく静岡県の観光にとっても大きな損失になると感じました」
と話す。
千鳥観光汽船の親会社である、浜友グループは、総合エンターテイメント企業として、アミューズメント事業や飲食事業などの他に、ホテル・観光事業も展開している。
千鳥観光汽船の経営が危機的状況にある当時、偶然にも浜友グループでは観光事業に注力する話が出ていた。
そのタイミングに加え、浜友グループの代表が静岡県出身だったこと、そしてご縁も重なり、2021年に千鳥観光汽船を浜友グループの子会社として迎えることとなった。
個人利用客にフォーカスし沼津港のプロモーションを強化。「地産多消」の魅力を届ける
沼津、ひいては静岡県の観光を盛り上げていきたい。千鳥観光汽船の経営を立て直すため、まずは社会情勢や時代のトレンドに合わせた事業体制の見直しを行なった。
というのも、当時、千鳥観光汽船は三津浜での団体客誘致が主な収益源だったが、コロナの影響により団体需要が激減。
その一方で、沼津港では個人利用のお客様への遊覧船事業は途切れることなく続いていた。
元々、沼津港は「沼津港深海水族館」や新鮮な海鮮を食べる為に観光で訪れる一般利用客が一定数おり、コロナに伴う生活様式の変化による影響も比較的少なかった。
その状況を見て、今後は沼津港での遊覧船およびお土産事業に注力する方向で舵をきることにしたという。
まず手がけたのは、沼津港の乗船券売り場兼お土産店のリニューアル。
「沼津港の営業所も時代の雰囲気に合わせたいと思い、まずは乗船券売り場兼お土産屋の改装工事を行いました。遊覧船自体、非日常感のあるものなので建物もリゾート感があった方が良いよねと。ただ、そうすることで過去のイメージとの乖離が生まれるので、そこをうまく埋めていく必要がありました」
2022年7月、乗船券売り場兼お土産屋「沼津港ちどりひものセンター」をリニューアルオープン。
さらに、同年には「沼津魚市場海鮮&麦豚の焼きしゃぶクルーズ」を新メニューとして発表した。
千鳥観光汽船が有する4隻のうち、最も大きな船は総トン数122tで、最大200名が乗船することができる。
1階のレストランでは食事を、2階のデッキでは景色を楽しむことができるのが特徴だ。
元々、沼津港から仕入れた海鮮が食べられる浜焼きのサービスを行なっていたという。
「しかし、それはどちらかというと質より量がメインだったんですよね。これから地域をより盛り上げていこうという中で、ただの浜焼きではコンテンツとして弱い。また、我々は「地産多消」をテーマに掲げており、沼津の食材をもっと知っていただきたいという想いもありました。そこで沼津の食材を使い、色々な食べ方で楽しめる焼きしゃぶクルーズをスタートしようと話が進みました」
海鮮は「沼津魚市場」から仕入れた真鯛や帆立、鮑などを、豚肉は沼津市唯一の養豚家「麦豚工房石塚」のオリジナルブランド豚「石塚麦豚」を、野菜は土と気候に恵まれた場所で育てられた「箱根西麓三島野菜」を使用。そして、メニューは東京・六本木にある割烹「一献」を運営する料理家、鹿渡 省吾が監修した。
「しゃぶしゃぶみたいに食べても良いですし、しっかりと焼いたり、炙ったりして食べるのも良い。素晴らしい食材だからこそどんな食べ方も楽しめます」
実際にレストランクルーズを楽しんだ方からは好評で、ポジティブな声を掛けてもらうことも多いと話す。
「我々が一つひとつ準備して来た部分、こだわってきた部分がお客様にも伝わっていると思うと嬉しいですね。実は、このレストランクルーズは沼津のふるさと納税の返礼品にもなっています。沼津を離れた方がふるさと納税の制度を通して、実家の親にプレゼントしましたなんていう声も聞いています」
船に乗り、厳選した沼津の食材を楽しむ非日常感が好評を呼び、徐々に利用客は増加。
テレビ番組の特集で紹介されたこともあり、少しずつ認知も拡大しているという。
地元の方も、遠方の方も楽しめる企画を。沼津の関係人口を増やすための施策
千鳥観光汽船の特徴といえば、季節やその時々に応じた企画やキャンペーンをしっかりと用意している点だ。
「お子様100円乗船キャンペーン」や「ビアガーデンクルーズ」の他、2023年から行なっている初詣の特別便や、「沼津港」「大瀬崎」「戸田」の3点を巡る特別便などがある。
こうした企画やキャンペーンを実施する上で大切にしていることは「ターゲットをどこにおくのか」だという。
例えば、「お子様100円乗船キャンペーン」や「ビアガーデンクルーズ」、「地元割り」は地元の方を対象とした企画で、「大瀬神社初詣便」や「沼津港・大瀬・戸田特別便」は地元の方と同時に遠方の方も対象としている。
「近年、沼津港は観光客が増えており、それに応じて物価も上がってきています。
そういった背景から地元の方たちが遠のいてしまっているんですね。話を聞くと、数十年前に千鳥観光汽船の船に乗ったきりという方も多い。あえて観光シーズンではない時に、地元の方が参加したいと思えるような企画を打ち出すことで、改めて沼津港を楽しんでもらえればと思っています」
遠方の方を対象とした企画では「長い視点で考えた時に何度も訪れたくなるようなイベントになっているか」を重視しているという。
「どの地域も同じだと思いますが、沼津は年々人口が減少傾向です。そういったエリアを盛り上げるためには、数年に1回でも良いので定期的に沼津に来てくださる方を増やさなくてはいけない。そうした「関係人口」を増やすために、毎年同時期に開催する定番イベントを作り、その認知を拡大するという取り組みに力を入れています」
実際に、沼津港〜大瀬~戸田を巡る特別便は今年で3回目の実施となったが、今年は案内を出していない段階での問い合わせが多くあったという。また、初詣の特別便は2024年は三が日限定で80名程度の乗船数だったのが、2025年は1月の土、日限定としたところ合計600名程度の利用があった。
また、地元・沼津が舞台となっているアニメ作品のフィナーレライブが、今年6月に埼玉県所沢市で開催。
その際、「ライブ後も余韻に浸れる場所を沼津で提供できないか」と考え、千鳥観光汽船が所有する駐車場をファンの皆さんに自由に車を停められる様に開放した。
「たくさんの方がアニメをきっかけに沼津にいらっしゃった。それがきっかけに繋がった関係性を今後も大切にしたいと思っています。反響もかなり多く、ご用意した寄せ書きフラッグにはたくさんのアニメへの想いと沼津への思いが書かれていて嬉しかったです。
ライブ会場は埼玉県所沢市でしたが、そこから沼津の駐車場には100台以上の車が集まり、私たちにとっても忘れられない2日間となりました。」
失敗も糧に。笑顔を生む挑戦を
もちろん、すべての企画が成功するわけではない。
そのひとつが「おやつに恵方巻き」というイベントだ。船の上で海を眺めながら恵方巻きを食べたら面白いだろうと思い、乗船時に恵方巻きを配ったが、実際に船の上で食べる方はごく少数だったという。
「うまく伝わらなかったのは悔しかったですね。他にも失敗したなと思う企画は色々あるんですが、「まずは自分たちが楽しめて、誰かに話したくなるような体験かどうかを大切にしています。その先に“また来たい”という気持ちが生まれると信じています」
今がやっとスタート地点。沼津港周辺のお店も巻き込んで地域活性化を目指す
コロナが落ち着き日常生活が徐々に戻ったこともあり、昨年の沼津港の来訪者はコロナ以前と同程度にまで回復した。
小林は「今はスタートラインに立ったばかり。これからは自分たちの事業だけでなく、沼津港全体の課題解決にも貢献していきたい」と話す。
コロナによって、沼津港周辺の店舗を営んでいる方の生活習慣も変化した。それによって、お客さんの需要に対応できていない部分があるのだという。
例えば、新鮮な魚介類を目当てに朝イチで沼津港にやってくるけれど、来てみたら想像していた市場の雰囲気と違う。夜は沼津港で美味しいものを食べようとホテルを素泊まりで予約したけれど、ほとんどのお店が閉まっている。という事例も見受けられる。
「私たちは沼津港で唯一の観光船舶事業者です。観光船舶を活用して、沼津港全体の発信ができないか試行錯誤しています。例えば、早朝便や夕方便、夜便を増やし、乗船されたお客様を近隣店舗に送客できないか等も挑戦しています」
また、海上交通の存在意義についても改めて考え直したいと話す。
沼津エリアは人口減少と同時に、高齢化という課題も抱えている。
高齢者の移動手段としてバスはあるものの、便数は減少傾向にある。
「バスだと1時間以上かかるところが、船であれば30分程度で到着するという場所が沼津にはいくつもあります。移動手段として船を再度活用するという事は、我々が今後やるべきこと、目指すべきことのひとつなのではないかと思います」
自社事業のことに止まらず、沼津全体を盛り上げたい。誰よりも熱意を持って事業に取り組めるのはなぜだろうか。
最後に、千鳥観光汽船の仕事に関わる上で大切にしていることを聞いてみた。
「帝国ホテルの初代会長でもあった渋沢栄一さんが、スタッフに向けて贈った言葉が、いつも心に残っているんです。要約すると、こんな内容です。
“帝国ホテルをご利用されるお客様は国も文化も違うさまざまな背景を持ったお客様が訪れる。接客にあたるスタッフは、きっと多くの気苦労をすることだろう。
けれど、お客様が自国に帰ったとき、その人が語る『日本の印象』をつくっているのは、スタッフ一人ひとり。だからこそ、どんな時でも誇りを持って仕事に取り組んでほしい。”
この言葉が本当に大好きで、私は日々、仲間にこの言葉の『日本』を『静岡・沼津』に置き換えて伝えています。私たちのふるまいが、静岡・沼津の印象をつくっている──その意識を持ちながら、私自身も働いています」
沼津の印象を作るのは自分たちだ。そういう思いを持ってやっていくことが沼津の活性化に繋がると信じて・・・。
千鳥観光汽船の挑戦はまだ始まったばかりである。
株式会社千鳥観光汽船
所在地:〒410-0223 静岡県沼津市内浦三津43-7
代表者:代表取締役 後藤武彦
公式サイト:https://chidorikanko.co.jp
公式Twitter: https://twitter.com/Shiitakegou
公式Instagram:https://www.instagram.com/chidori.numazu/
公式TikTok:https://bit.ly/3Bc9yD
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