パンチとキック。打撃のみで戦う世界最高峰の立ち技格闘技『K-1』。この命がけの戦いの裏には、選手たちの命を守るリングドクターの存在がある。普段は取材が許されない『K-1』の舞台裏で、熱い戦いを支えるリングドクターに密着した。

危険な減量方法の“水抜き”にも対応

7月13日、3年ぶりに福岡市で開かれた『K-1』。叫ぶ場内アナウンス。轟くゴングの響き。世界各国から集結した格闘技界のトップアスリート44人がリングに上がった。まさに全身全霊、己の全てをかけて戦う選手たちの舞台だ。

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試合前に行われるメディカルチェック。選手の健康状態を確認しているのが、この日のリングドクター責任者の久城正紀医師(41)だ。この日は、救急医である久城医師のほかに整形外科医と精神科医が分担して対応した。

日頃は、福岡市の済生会福岡総合病院の救命救急センターで、重症患者の治療を行う久城医師。実は、4年前の東京オリンピックのとき、サーフィンの試合会場で医療責任者を任されたことがあり、その経験を買われて、リングドクターを務めるようになったという。

ほかに2人いるリングドクターと連携し、試合前の健康状態を確認する久城医師。選手全員を診察する。前の試合でケガをした箇所の経過確認なども行うという。

また「結構、1ヵ月くらいでほとんどの選手が5キロから8キロくらい、多い方で10キロくらい減量されてるので…」(久城医師)と減量に伴う体調の変化がないかなども確認している。

それぞれの体重制限で階級が分けられる『K-1』だが、なかには大会前日の計量直前に大量の汗を流し、体内の50%以上を占める水分を一気に減らす、いわゆる“水抜き”で、急速に体重を落とす選手も多くいるという。

WLF武林風60kg世界王者の朝久裕貴選手(29)は「無理な減量とかをして意識が朦朧としている人もなかにはいたりするので、そういう選手の安全面を考える上でもメディカルチェックは必ず必要かなとは思いますね」と話す。

久城医師は「選手たちは、これに命をかけるくらい、人生をかけてやられているので、そのスポーツとしてうまく成立しながら、安全とか、体調面を診るということに心がけないといけない」と話す。

初のダウン「怖かった。急に真っ暗に…」

午後1時。本戦が始まった。久城医師らは、リングサイドに待機し、選手らを見守る。

リングサイドで試合を見守る久城医師(マリンメッセ福岡B館)
リングサイドで試合を見守る久城医師(マリンメッセ福岡B館)

この日、第7試合目でリングに立ったのは、宮崎県出身の西本竜也選手(26)。ライト級の選手だ。幼い頃から夢だったという『K-1』の初舞台。試合は、1ラウンド3分の3ラウンド制で行われた。

その3ラウンド目だった。最後まで全力で戦うも西本選手は相手選手のパンチを受け、ダウンを喫してしまう。

すぐに久城医師らが西本選手の状態を確認するためにリングに上がった。

ダウンを喫した西本選手に駆け寄る医師たち(マリンメッセ福岡B館)
ダウンを喫した西本選手に駆け寄る医師たち(マリンメッセ福岡B館)

「ゆっくり起きよっか。ゆっくり起きよっか」と話しかける久城医師。「うわっ、まじ…、まじか…」。西本選手は状況をすぐには理解できないようすだった。

「覚えてる?」(久城医師) 「覚えています」(西本選手) 「大丈夫ね?気持ち悪くない?」(久城医師) 「はい…」(西本選手) 「大丈夫ね?目、見える?ちょっと休んでから立ち上がるから」(久城医師) 「大丈夫そう」(西本選手) 「ちょっと待ってね」(久城医師) 「もうちょい休もう。もうちょい休もう」(中村医師)

悔し涙を流した西本選手は、その後、メディカルチェックを受け、経過をみることになった。西本選手にとってこの日のようなダウンは初めての経験。「怖かったです。急に真っ暗という感じなので、目を開けたときに『あっ、ドクターだ』と思うとすごい安心します」

「感謝です。まじで」と話す西本選手。ドクターの存在は特別のようだ。

「いてくれてよかったって思う」

この日、特に注目を集めたのが第5代K-1WorldGPライト級王者の朝久泰央選手(27)の試合だ。福岡・うきは市出身で、兄の裕貴選手と共に福岡が生んだ『最強の朝久兄弟』として知られる選手なのだ。

試合開始のゴングが鳴った。泰央選手は「もし何かあっても『大丈夫だ』という心強い後ろ盾というか、自分はやられることは考えてないんで、相手を診てくれるドクターがここにいるから安心して『ぶっ飛ばせるな』という感じでやってますね」と話していた。

ケガを抱えながらも最後まで強さを見せ続け、判定で勝利した泰央選手。試合後、医師が泰央選手の状態を確認する。

「あばら大丈夫そう?」(中村医師) 「大丈夫です。いやもういきなり1ラウンド目でくらったので…」(泰央選手) 「息苦しくない?」(久城医師) 「大丈夫ですけど、内臓が破れるかと思いました、途中。すみません、あんなぐだぐだになって」(泰央選手) 「いやいや、良い試合だったよ。頭は大丈夫?全部覚えてる?」(中村医師) 「覚えています」(泰央選手)

「いざ自分がケガしてみると『ドクターがいてよかった』って、そんな安堵感ですね。やっぱりドクターって人前にはそんな出ることじゃないかもしれないけど、そういう人たちがいないと自分たちの職業は成り立たないので、そういうところで本当、いてくれてよかったって思いますね」と泰央選手は話した。

その後も試合は続き、観客を沸かせ続けた選手たち。合わせて3人の選手が大事をとって病院を受診することになったが、大会は無事に終了した。

久城医師は「勝ったときの喜びと負けたときの悔しさというのは、僕らが想像できないような感情だと思うので、それで痛みが吹っ飛んだり、気持ちが落ち込んだりするのが、何倍もあると思うので、我々はそれにサポートできることをさせて頂くってだけです」と会場を後にした。

福岡を熱く盛り上げた「K-1」の舞台裏にある選手の肉体と命を守るリングドクターの姿。久城医師は、今後も救急医療のスキルをスポーツの世界でも生かしていきたいと話していた。

(テレビ西日本)

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