介護の現場に、テクノロジーの力で「予測する」という新しい視点を──。
そんなアプローチが、スタートアップのRehabilitation3.0株式会社と積水化学との協業によって現実のものになりつつある。高感度な圧電センサー「ANSIEL」と、AIによる状態予測技術を組み合わせて生まれたのは、従来の見守り機器を超えるサービスだ。
この取り組みを支えたのは、積水化学コーポレートのイノベーション推進グループ。ビジネスマッチングからPoC(実証実験)、サービスローンチに至るまで伴走し、スピードと信頼が連動したオープンイノベーションに寄り添ってきた。
本記事では、Rehabilitation3.0株式会社代表の増田浩和氏と、「ANSIEL」の事業化をリードする高機能プラスチックスカンパニー インダストリアル戦略室の荒浪亮、そしてコーポレート イノベーション推進グループの桑田健嗣に、共創の起点と画期的なPoCの舞台裏、さらにはグループ横断で広がるウェルビーイングへの応用展開について聞いた。
現場のニーズを手繰り寄せる。スタートアップとの共創前夜
発端は、一つの問いだった。
「このセンサーの価値を、介護の現場にどうやって届けられるのか?」
フォーカスするのは、積水化学が独自開発したANSIELだ。ベッドのマットレス下に設置することで、ベッド上の要介護者の動きを検知・解析。介護士のスマートフォン、パソコンなどの端末に通知する介護支援デバイス。わずかな圧力の変化を高精度で検知でき、非接触で心拍や呼吸、睡眠状態をモニタリングできる。
高機能プラスチックスカンパニー インダストリアル戦略室の荒浪が、共創の起点を振り返る。
積水化学工業 高機能プラスチックスカンパニー インダストリアル戦略室 SDプロジェクト ヘッド 荒浪 亮
「私たちは、見守りセンサーとしての差別化ポイントを、ハードの性能で打ち出そうとしていました。しかし、ANSIELの精度の高さや反応の早さを、現場が求めている価値にどう結びつけるのか──手探りの状況にありました」
そこで立ち上がったのが、コーポレートのイノベーション推進グループだ。同グループは新たな事業創出に向けて社内外の連携に取り組む。支援に携わる桑田健嗣の肩書は「イノベーションカタリスト」。創発の触媒のように社内外をシームレスにつなぎ、技術探索やスタートアップとのマッチングを手がけてきた。
「私たちのチームはマッチング役というより、事業化への駆動を支える伴走者でありたい。これまで、スタートアップを含む社外パートナーとの連携を提案した数は1200件を超えています。オープンイノベーションには事業会社間の連携や、新技術の獲得などさまざまな観点がありますが、社内の既存技術を応用し、尖(とが)った技術を持つスタートアップとどう連携するか──これも重要なテーマでした」
プロダクトを社会実装に導く支援へ──イノベーション推進グループがパートナーとして白羽の矢を立てたのは、スタートアップのRehabilitation3.0社だった。AIによって取得したバイタルデータを分析して身体のコンディションを捉えるアプリを開発してきた。代表の増田浩和氏が出会いを振り返る。
「積水化学との最初の接点は2022年のこと。当時もスタートアップへの注目度は高く、大企業からお声がけいただく機会には事欠きませんでした。しかし、往々にして3回目ぐらいのやり取りでフェードアウトすることが多かった。方向性や事業領域、技術テーマが合致せず、協業に至らないというケースが多かったのです」
しかし、荒浪らとの歩みは違った。「ANSIELを現場に実装するための技術」というニーズが明確にあり、Rehabilitation3.0社が磨いてきたコア技術には「センサーと合わせ、どのように力を発揮するのか」という具体的な打ち返しが届く。増田氏は「3回のやり取りを飛ばし、いきなり4回目から始まったような熱量を感じた」という。
「現場の課題解決に資するソリューションを。その思いは一致していました。荒浪さんや桑田さんの判断やレスポンスが速く、私たちも集中して動けた。スピード感こそが共創の原動力だったと感じます」
Rehabilitation3.0株式会社 代表取締役 増田浩和氏
小さな一歩が、確信に。次のフェーズへ動き出すPoC
ANSIELの「見守り」センシングに、AIによる「予測」を掛け合わせる。プロジェクトを一段とギアアップしたのが、東京都の実証事業「Be Smart Tokyo」への参画だった。これは、スマートシティーやQOL向上を目的に、先進技術の実証に対して東京都が補助金を支援する制度。積水化学も拠点を置くCIC Tokyo が、その入り口になった。増田氏が感触を振り返る。
「技術もアプリも完成しており、あとは事業化に進むため最後のピース──PoCが必要な段階でした。東京都の支援というかたちで埋められたのは、本当に大きな一歩だったと感じます」
CICにおいて、都の支援獲得やPoCの実施に伴走した桑田も、大きなステップアップに触れる。
「PoCは往々にして“やることが目的”になりがちですが、荒浪さんたちは“販売につなげるためのステップ”として捉えていましたね。CICはスタートアップとの協業の接点、いわば“出島”のような拠点です。協業に携わった関係者が足並みをそろえ、明確な目的を共有して動いたことが、PoCを後押ししました」
実証の場となったのは、東京都中野区の特別養護老人ホーム。ワンフロア30床にANSIELを導入し、Rehabilitation3.0社のチームは増田氏の指揮のもと、1カ月間にわたり現場に泊まり込みながらデータを収集した。評価は、歩行や食事など18項目にわたる日常動作について、「自立」「一部介助」「全介助」の3段階で毎日判定。1日でも記録が欠けるとデータとして使用できなくなるという、厳格な条件があった。得られた評価結果は「正解データ」として、ANSIELが取得した心拍・呼吸などのバイタル情報と照合。AIによる状態推定モデルの構築が行われた。
「当初、AIモデルの予測精度は85%程度でしたが、ANSIELが取得したバイタルデータとの連携で、精度は一気に95%に跳ね上がりました。その精度の高さに、私たちも目を疑ったほどです」と、当時のインパクトを増田氏は鮮烈に思い出すという。
評価されたのは精度だけではない。施設において、夜間の見守り業務は83%削減、夜勤人員は2割削減と、明確な業務改善が数字として現れた。職員は「誰を優先してケアすべきか」という判断がしやすくなり、サービスが「見守り」を超え、現場の意思決定に直結する手応えが得られた。
荒浪も、この実証を通じて、社会実装への確信を得たという。
「不具合が出たらその都度修正していこうという心づもりは、良い意味で覆されました。ANSIELのセンシングと介護者への連携に問題はなく、精度も安定して向上していった。増田さんたちの技術と、実証への向き合い方には本当に感服しました。
積水化学の発泡体技術を応用し、帯電処理を施した薄型のポリオレフィンフォームを用いた圧電センサーも、世界的に見ても商用化の事例は少ない。高感度で安定した検知性能は、AIとの相性も抜群です。実証で得られた数字は、社内での推進力としても大きな意味を持ちました」
プロダクトの開発とテクノロジーで支えるスタートアップ、そして伴走支援──それぞれの動きがかみ合う中で、共創は次のフェーズへ進み始めていく。
未来への展望―共創の可能性は暮らしに広がる
実証実験を経て、ANSIELとAIを組み合わせたサービスは2025年4月から事業としてのスタートを切った。リリースと同時にすでに3施設での導入が始まっており、Rehabilitation3.0社は「2025年度中に100施設への導入」という明確な目標を掲げている。順調な滑り出しを支えたのは、PoCで築かれた連携体制にあった。増田は、その成功要因を「率直なコミュニケーション」と「判断の速さ」だと振り返る。
「スタートアップのオープンイノベーションでは、事業会社側の企業との意思決定スピードのギャップが課題になりがちです。しかし、プロジェクトリーダーの荒浪さんが共創のフロントに立ち、リアルタイムで意思疎通を図ってくれた。これは大きな安心感につながりました」
イノベーション支援の視点からも、このプロジェクトは大きな意味を持った。桑田はこう語り、その先を見据える。
積水化学工業 コーポレート 新事業開発部 イノベーション推進グループ 桑田健嗣
「共創を前に進めるには、技術や資金だけでなく、正確な情報共有と迅速な判断が何より重要だと実感しました。特に今回は、増田さんと荒浪の間で、ビジョンや事業展望に加えて、期待や足りないリソースといった不確定な部分まで率直に共有できていたことが、信頼と連携の基盤になっていたと感じます。この共創を、今後のモデルケースとして社内外に広げていければと思います」
そして今、協業の視野は介護の枠を超え、より広い生活領域へと広がっていく──荒浪の描く未来は、こうだ。
「この技術は、介護の現場だけで活躍するものではないと思っています。たとえば、健康な人の日常を見守る技術として、住宅や暮らしの中に自然に取り入れられる未来があるんじゃないか。積水化学として、そんな世界を描けたら──と思うとワクワクします」
高揚感を持った言葉を受け、期待を込めて増田氏が応じる。
「かつては床暖房も、特別な設備でした。でも今ではマンションに標準でついていることが珍しくない。同じように、見守りや健康予測のサービスが当たり前に備わっている住まいが実現すれば、QOLやウェルビーイングを支える技術になるはずです」
桑田も身を乗り出し、カタリストとしての視点からこう語る。
「積水化学グループが持つ多様なステークホルダーや事業フィールドを生かせば、スポーツや住宅、ライフスタイルの領域にも展開できる余地は十分にあると感じています」
3人が笑顔で繰り広げる展望のセッションからは、共創によるヘルステックが住宅や日常の中に溶け込んでいく未来が望める。見守りセンサーとして始まったANSIELとスタートアップAIの掛け合わせは、介護現場での実証を経て、「暮らしを整える技術」への進化も見える──私たちの暮らしに、その技術が自然に息づく日も近い。
【SEKISUI|Connect with】
https://www.sekisui.co.jp/connect/
⼈々の暮らしの多様な分野で積⽔化学の製品・技術がどのように活かされているのか。
その開発にはどんな想いや物語があり、それは地球に暮らす⼈々や社会とどのようにつながっていくのか。
「SEKISUI|Connect with」は、積⽔化学とつながる未来創造メディアです。
◎CIC Institute
CIC Instituteは、世界各国でイノベーションセンターの運営や関連プログラムを提供するCICの専門チームです。ディープテック関連のスタートアップ支援やイノベーションエコシステム構築における知見を活かし、産学官民と連携して多くのプロジェクトを推進することでイノベーション創出を促進しています。
◎Be Smart Tokyo概要
東京都では、デジタルを通じて都民の生活の質向上を目指す「スマート東京」の実現に取り組んでいます。都民の生活をより便利により豊かにするサービスを実装する事業として、東京都スマートサービス実装促進プロジェクト「Be Smart Tokyo」を2022年度より開始しています。スタートアップが手掛ける多様なスマートサービスを都内で展開することで、都民の生活の便利さとQOL(Quality of Life)を高めることを目的としています。
URL:https://www.be-smarttokyo.metro.tokyo.lg.jp
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