瀬戸内海を優雅に進む一隻の船。その名は「ほんのもり号」。

この春、世界的建築家・安藤忠雄さんが手がけた“海に浮かぶ図書館”が就航しました。

子どもたちに本を届けようという想いから生まれたこのプロジェクトには、安藤さんの建築哲学と生き方が凝縮されています。

■「日本は元気ない」 子どもたちに届けたい思い

「日本は『元気ない、元気ない』言うてる。それは子供が元気ないから」と語る大阪出身の世界的建築家・安藤忠雄さん。

かつての取材にも、同じように話していました。

【安藤忠雄さん(1986年放送のドキュメンタリーより)】「みんな素晴らしいタウンハウスになって、地から足が浮いたような生活になる。そうすると、子供が戦わなくなる。元気、なくなりますよ」

「子供たちのために」。安藤さんが考えたのが、”船の図書館”でした。

【安藤忠雄さん】「もう単純や。海の上に船が浮いてる。その中に本がある。その中に子供がいる。子供が海を見て元気になる。

おもしろいことを考える、無駄なことを考える、役に立たないことを考える。それに期待しとる。船の図書館っていいやろ?」

■自分の生き方を建築に反映させてきた安藤忠雄

安藤さんは高校卒業後、独学で建築を学び、建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞も受賞した異色の存在です。

「これは渋谷の駅。これはピューリッツァーの美術館。これはニューヨークのペントハウス。ようさん作ってるで」と、自身の展覧会で作品の模型を見ながら語った安藤さん。

建築をを通じて「生きる」ことを問い続けてきました。

【安藤忠雄さん(1986年の放送ドキュメンタリー「家」より)】「生きるということを、真剣考えていかなあかん。そのためには、原点に”家”がある。家はもっと激しくぶつかったほうがいい。こんなこと言っていると仕事なくなる」

安藤さんは、自身が手がけた住宅の模型を見ながら「全部覚えてますよ。住みにくいもんは、いっぱいあるわ」と笑います。

【安藤忠雄さん】「”自分の家だ”という感覚が、持てるような家を作らなあかん。上を見たら、”自分の空”がある。寒いけれども、自分の家にしかないものがある。これでなかったらあかん」

■子どもたちに本を届けるプロジェクト

近年、安藤さんは子どもたちに本を届ける取り組みを続けています。2019年に「こども本の森中之島」から始まったプロジェクトは、全国へ拡がりました。

「子供にしか未来はないねん。おじさんに、未来あるおじさんおるか?子供にしか未来がないなら、子供にかける」と断言する安藤さん。

安藤さんの展覧会のタイトルには「青春」という言葉が使われていました。その思いを尋ねると、「青春が無かったらやる気ないやろ。生きている限り青春でいきたい」と答えました。

■「ほんのもり号」誕生の裏側

この春、安藤さんから子供たちへ、新たな贈り物が誕生しました。それが、瀬戸内海の島々をめぐる「船の図書館・ほんのもり号」です。

元々は旅客船でしたが、安藤さんが購入し、設計を手がけました。改装工事を担当するのは小豆島の職人たちです。

回送を請け負った会社「ソフィア」の木村尚和さんは、安藤さんの作品集を持ちながら「この本は、前から持っていた。すごい建築家の人がおるなぁと思って。これを見ながら、安藤先生は、どんなものが作りたいのかという参考書。安藤先生が気が付かない部分の気遣いをするのが、我々のチームの仕事です」と語ります。

船内に運びこまれた特注の本棚たち。海に浮かぶ船は、水平が保たれた地上の建築物とは勝手が違い、実際に配置すると、細かなズレがたくさんありました。

職人たちは細かな修正作業を重ね、本棚を設置。いよいよ本が収められていきます。

【香川県立図書館 司書】「真ん中の船型の書棚はすごく素敵。安藤さんは建物を建てるときに、ひとつ、いたずらをすると書いていた本を読んだ。もしかして、いたずらのひとつかなとワクワクした。船が本と子供をつないでほしいなというのと、島と島もつなぐことにもなると思うので、子供同士もつないでくれたらいいなと思う」

完成を迎え、改装を請け負った木村さんは笑顔で語ります。

【木村尚和さん】「着岸の時は静かに心の中でボレロが流れてる。調子もええし、作動チェックもできたし」

【安藤さん】「感動するものを作りたい。その感動が子供たちに伝わって、ひょっとしたら次の時代があるんじゃないかと思った。もうちょっと行くぞ!と」

■子供たちと船の出会い

観音寺市立伊吹小・中学校。全校生徒8人、島唯一の学校です。子供たちは、「ほんのもり号」に乗ることを、心待ちにしていました。

小学5年生の岩田陽菜子さんと小学1年生の岩田健佑さんの会話は、子どもらしい好奇心にあふれています。

【小学5年生 岩田陽菜子さん】「あなたの県の怖い話っていうのが好きです」

小学1年の岩田健佑さんが本を見ながら「ここってほんまに宇宙人出るん?」と話すと…

「書いてるから出る」と陽菜子さん。
「オーノー!ぼく連れていかれちゃう!」と健佑さん。

また別の子供が「『バムとケロのそらのたび』が、好きです。かわいいから。(読んだのは)2回くらい」と話すと…

【小学1年 岩田健佑さん】「2?2しか読んでないの?ガチか、2しか読んでないのか、好きなのに」

島の子供達に、ほんのもり号は何を届けるのでしょうか。

【安藤さん】「基本的に今、日本の子供は自由と勇気と持続力、人生を楽しむのがない。勉強させすぎ」

安藤さん自身の経験も語ります。

「私はハンディキャップあるやんか。学校出てない、専門学校出てない。ハンディキャップというのは能力。何としてでも生きるぞ、と」

1986年に放送されたドキュメンタリーで、設計に頭を悩ませていた安藤さん。

【安藤忠雄さん(1986年の放送ドキュメンタリー「家」より)】「この小さい家の中で、ものすごいたくさん、部屋できるで。豪邸やで。なかなか分からへんかったけど、これはええ。設計しよっていけるんちゃうかなと思うわ。久しぶりにええの作ったんちゃう。よう失敗するからね」

■「全力で自分らができる範囲のことをやる」

現代の子供たちと本の関係について、安藤さんは次のように話します。

【安藤忠雄さん】「10人に1人、本を読む子がおればいいと言うけど、そんなん絶対いない。100人に1人おったらええとこや。それを復活させるのは難しい」

しかし、届かないかもしれないと分かっていながらもこのプロジェクトを進める理由を尋ねると、「それはもう自分の勝手やんか。届かないのは分かっとる。けど全力で自分らができる範囲のことをやる」と答えます。

いよいよ、伊吹島のこどもたちが乗り込む日が来ました。子どもたちの反応はどうだったのでしょうか。

【小学5年生 岩田陽菜子さん】「自分が思った怖い本はなかったけど、画がかわいいお化けの本はあったので、それを3冊借りれたので良かった。眺めが海に近くてきれいだったし、途中で雨降ってたけど、本を読みながら海を見られたので、こんな経験できて良かった」

【小学1年生 岩田健佑さん】「きれいだった。遠くまで見えた。お休みの日、いつでもここくるで」

■「青春というのは生きる力」

【安藤忠雄さん】「うまくいくやつもある、うまくいかないこともある。けど、全力でやるのは一緒。青春というのは、自分の心の中に生きていくぞ、という気持ちがなかったら青春出来へん。青春というのは生きる力なんですよ」

(関西テレビ「newsランナー」2025年7月9日放送)

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