コロナ禍以降、タクシーがつかまりにくいと感じている人は多いのではないだろうか。運転手不足が影響しているとも言われているが、鹿児島市にリピーターを増やし、「予約を断らない」と人気のタクシー会社がある。この会社の躍進の秘訣を探った。
鹿児島中央駅の金曜夜 タクシープールにタクシーが1台もいない
JR鹿児島中央駅。通勤通学や観光で一日に約2万人が利用する、鹿児島の陸の玄関口だ。周辺には商業施設や飲食店もたくさんあり、毎日多くの人たちが行き交う。
駅が一段とにぎわう、金曜日の夜。鹿児島中央駅のタクシー乗り場には次々と乗客がやって来て、足早にタクシーに乗り込んでいく。
しかし、午後10時になると、タクシープールには1台もタクシーがおらず、気づけば空の状態に。ネオンの光で明るい周囲とは対照的に、暗く閑散とした空間が広がっていた。

供給が追いつかない、タクシーがつかまりにくい時代に
鹿児島テレビが1999年に鹿児島市の繁華街、天文館を撮影した映像では、歓楽街の道路の歩道に沿って、屋根の行灯(あんどん)を点灯させた客待ちのタクシーが、何十台もずらりと列を作り、道を埋め尽くしていた。
全国の法人タクシーの運転手数を過去10年間で見ると、2014年には30万人以上いた運転手が、2019年には26万人と、減少傾向が続いていた。そして、2019年度から始まったコロナ禍でさらに拍車がかかり、2023年には22万人弱となった。
この傾向は鹿児島県内も同様で、コロナ禍前は3000人以上いたタクシー運転手は現在、約2300人にまで減ったという。

鹿児島県タクシー協会の山口俊則専務理事は、「ピーク時はタクシー1台につき、1.3人くらいの運転手がいた。休みの運転手がいても、常に稼働率は100%だった」と振り返る。そして、「今は約半分の稼働率。あと300人くらいいれば」と本音を打ち明けた。
現在は、コロナ禍が終わり、観光客などの増加を背景に、タクシーの需要は増えているものの供給が追いつかない、いわば「タクシーがつかまりにくい時代」なのだ。

予約を断らない会社「南州タクシー」 リピーター獲得の秘訣6つ
このタクシーがつかまりにくい時代に、「予約を断らない」会社が鹿児島市にある。
タクシー乗り場にいた男性に、タクシーを利用したいときに普段はどうしているか尋ねてみると、「南州タクシーさんに電話をかけることが多いです」と答えてくれた。
また、別の女性は「南州さん以外には乗らないです」と、きっぱり。
昭和28年に創業した南州タクシー。
市内6つの営業所に、150台のタクシーを配置している。ミントグリーンと白のツートンカラーの車体が目印だ。
南州タクシーに勤めて16年という、総務部の鬼丸裕也参与は、会社の営業スタイルについて「80%が無線配車。お客様からオーダーをいただいてお迎えに上がる」と、説明する。
車を走らせながら利用客を探す「流し」や、駅前のタクシー乗り場といった所定の場所で待つ「客待ち」は、ほとんどしないという。

【リピーター獲得の秘訣①】無線による独自の配車システム
この予約優先のやり方を支えるのが、無線による独自の配車システムだ。
「ありがとうございます。南州タクシーでございます」
タクシーと同じミントグリーンの上着を着た女性4人が、ズラリと並んだモニターの前に座り、忙しそうに電話などの応対に当たっている。モニターには、地図や予約受付時間が記された表などが映し出されていて、ここにいる配車係のスタッフがモニターでタクシーの現在地を確認しながら、依頼先に一番近い車両を手配する。多い時で5人の配車係が対応しているが、ピーク時は、常に電話が鳴りっぱなしだという。

【リピーター獲得の秘訣②】タクシー到着までの目安時間を伝える
連絡を受けて、すぐに配車できない時も基本的に断らない。「10分くらいよろしいでしょうか?」などの提案をし、到着時間の目安を伝えることで、待ってくれる客も多くなるのだそうだ。
そして、今や一日のオーダーは、2000件に上るという。
「断らない」方向に、営業スタイルを大きく変えたのは25年前。
鬼丸さんは「以前の経営母体の会社が経営悪化し、南州タクシーも一度、倒産しているんですね。非常につらい時代があった」と、明かした。そして、「残っている乗務員がどうにかお客さんを増やしたいという気持ちで、一件一件のお客さんを大事にしていったということでですね。そこからスタートしていると思います」と、鬼丸さん。会社が変わったきっかけは、倒産を機に、乗務員みずから客目線をより重視するようになったことだったという。

【リピーター獲得の秘訣③】ポイントカードの導入
ポイントカードも新しく取り入れたサービスの一つ。利用額に応じてポイントをもらえ、たまったポイントは、運賃割引や商品券に交換できるという。

【リピーター獲得の秘訣④】あんしんカードの導入
65歳以上の高齢者を対象にした「あんしんカード」を発行する仕組みも作り出した。事前に登録が必要で、乗車時に発行された顔写真付きのカードを提示すると、割り引きや緊急時の病院への送迎などに対応してくれるという。

【リピーター獲得の秘訣⑤】タクシー運転未経験者の採用
タクシーの運転手不足が叫ばれる中、南州タクシーでは2024年、約50人の乗務員を採用した。その8割近くが、未経験者だという。
鬼丸さんは「どちらかというと、未経験者の方がいままでタクシーを使っていた人たち。自分がお客さんだったら、こうしてほしいという目線を持ってきてもらいたい」と、未経験者を採用するメリットを語る。
【リピーター獲得の秘訣⑥】ベテランと新人乗務員のアットホームな雰囲気
乗務員には若い世代も増えていて、193人のうち24人が20代と30代だ。
営業所では、乗務員が集まってアットホームな雰囲気で会話を楽しんでいた。若手とベテランで情報交換をしていたというところに入れてもらい、若い乗務員に年齢を聞いてみた。
「27歳です。常務歴は1年です」「今年31歳で、乗務歴5年半」「28歳です。まだ3~4カ月」と、20代の若者や入って間もない乗務員もいた。しかし、年齢やキャリアの隔たりは感じさせず、幅広い年齢層の人たちが、打ち解けた様子で話しているようだった。

乗務員歴半年の徳田晏奈さん。ハンドルを持つ手にはきれいなネイルアートがあしらわれていて、白いシャツに赤いネクタイの制服とミントグリーンの制帽が良く似合う、若手ドライバーの一人だ。
住宅街の坂道を運転中の徳田さん。「アドバイスというか、先輩たちが『おれはこうしてるよ』って。それこそ、ここも道が急に狭くなるんですよ。だから『ここで1回ブレーキをちゃんと踏んでね』とか」と、乗務員同士、社内で話す内容について教えてくれた。
着実にリピーターを増やし、コロナ禍でも売り上げ8割をキープ
独自のシステムや乗務員の支えもあり、着実にリピーターを増やしてきた南州タクシー。
鬼丸さんは、「乗務員さんたちと一緒に、考えながらやっているんですね。タクシーは運送業にカテゴライズされるんですけれども、実際やっていることは、純然たる接客業なんですよね」と語る。
独創的なスタイルを貫いたからか、多くのタクシー会社を苦しめたコロナ禍でも、売り上げは8割をキープし、極端には落ちなかったという。

先輩たちがやってきたことが今につながっている ちゃんとしないと
雨の日の住宅街。一軒家の前に、一台の南州タクシーが到着した。車から傘を持って降りてきたのは、運転手の芝原幸美さん、71歳。乗務員歴18年のベテランだ。
芝原さんは、そろりそろりと歩いて出てきた客の高齢男性に「足元、気をつけてくださいね」と、声をかけた。「滑りそうで」と、男性。「うん、うん、滑りますからね」と、芝原さんは男性が雨に濡れないよう傘を高く差してタクシーに乗せ、目的地の病院に向かった。
道中、芝原さんは足が悪い男性に代わって「私が薬を取りに行くから。よかよかよか」と言って、自分のシートベルトを外し「すぐ、いっき済んで(すぐに済むから)」と薬を取りに走った。車に戻って、もらって来た薬を手渡すと、男性は「ありがたい」という風に薬の入った袋を高く上げ、うれしそうに笑った。

また、常連だという高齢の女性客は、「乗らない日はないです。お店がたくさんある与次郎に行くと、私が知らないファストファッションの店に連れて行ってくれる」と、ほほ笑む。女性が手に持っていた南州タクシーのポイントカードは、スタンプがいっぱいになっていた。
乗務員歴半年の徳田さんは、乗務しながらいつも感じることがあるという。「お客さんから『私は南州しか乗らないのよ』って言われる。先輩たちがやってきたことが今につながっている、常連のお客さんとか。南州だからちゃんとしないとな」と、会社の先輩たちを誇りに思っている様子だ。

人としての当たり前を大事に 乗務員一人一人がそれを体現
鬼丸さんも、「南州さんは、みんな優しいよね」と、お客さんからよく言われると得意げだ。「非常にうれしい。優しいというほめ言葉をいただけるのは。みんながハッピーになってもらうとうれしい。お客さまも従業員ももちろん会社も」と、鬼丸さんがキュッと目を細めて笑った。
そして、「人としての当たり前を大事にしている。大事にしているというよりも、それって当たり前じゃないですか」と話す鬼丸さんの表情がさらにほころんだ。

当たり前のことを当たり前に。客を目的地まで送り届ける。
南州タクシーがリピーターを獲得し、業績をあげてきた最大の理由は、そこにあるのかもしれない。
(鹿児島テレビ)